その歌を教えて
某日、演錬場。
新人審神者の好文木(コウブンボク)は、いつものように受付を済ませ、対戦までの待ち時間を手持ち無沙汰で過ごしていた。
「えっと…次の対戦相手は…」
メールで送られてくる対戦相手の情報を端末でチェックしていると、隣の席で待っていた小柄な審神者の視線を感じた。
藍色の作務衣の上に医者のような白衣を羽織り、帽子を被って、丸い眼鏡をかけている。人の良さそうな年齢不詳の青年…に見える審神者の視線は、好文木が持っている端末に注がれていた。
──な、なんだかすっごい見られてる?
知らない相手の異様な熱意の籠もった視線をいぶかしみながら、端末を懐にしまおうとすると、
「あの…、それ、なめこですか?」
はっ、と好文木は手を止めた。端末にとりつけた飾り……彼の「妹」が描いてくれた「なめ太郎」の絵をプラ板に転写した手作りストラップが揺れる。
「こ、これはっその、お守りで」
思わず取られまいと袖の中にしまい込めば、
「いえ、すみません。僕、高麗人参といいます」
ぺこりと頭を下げて、青年は自己紹介した。
好文木の「妹」の暁月(アカツキ)は、花街生まれ。好文木とは血縁関係は無いがとある事件で知り合い、彼が後見人となって保護施設に引き取られた。古ぼけたキノコのぬいぐるみ「なめ太郎」だけを抱いて。
父に捨てられ、母に育児放棄され、周囲に疎まれて育った暁月には、なめ太郎だけが心を慰めるよすがで。だから、なめ太郎の元になった大昔のゲームキャラのイラストをよく描いてくれる。
演錬へ行く「お兄ちゃん」の為になめ太郎のお腹に「カツ」と書き加えたお守りは、世界に一つの大切な宝物だ。
「そうだったんですか。…僕、つい懐かしくなっただけで…すみません」
「なつかしい? これすごく昔のゲームのキャラですが」
初版は二百年以上前。何度か復刻されているが、好文木の同期で「なめこ」を知っている人間は居ないくらいマイナーなシロモノだ。
「僕、過去から来てるので知ってるです。昔、駅に大きななめこがいまして、いつもその前を僕通っていたです」
もちろんぬいぐるみですよ?と高麗人参は懐かしそうに目を細める。
「ゲームもやったし、歌もダウンロードして。こんなふうに歌うです。んふんふ~んふ~」
鼻歌交じりにいきなり歌い出した高麗人参に、好文木はぽかんとしてしまう。
「んふんふ~♪ ん?」
通りすがりの審神者達のあっけにとられた視線に気付いて、あわてて口をつぐむ。みるみるその顔がリンゴのように真っ赤になった。
「あわわわっ、ひろさん~っ!!」
自分の白衣を頭から被ってちぢこまる高麗人参。
『山姥切国広みたいな人なのかな?』
と好文木が苦笑していると、駆けてきた山姥切国広(極)が、布饅頭になってしまった主を抱えて連れて行った。
「主がすまない」
「みみみ見ないで下さい~~~っ」
「ほら、行くぞ主」
ぷるぷる震えて恥ずかしがっている青年はなんだか「可愛い」と思えた。
まさか、その彼らが演錬の対戦相手で、しかもゴリラの指導枠だとは。
初手、遠戦で刀装を潰され極カンスト部隊に斬り込まれ、かすり傷すら与えることなく戦線崩壊…完敗だった。
──人は見かけによらない。
好文木は肝に銘じた。
けれど、
「なめこ好きなのは妹さん?なら歌の音源どぞです。アニメもありますよ」
試合が終わった後の挨拶で、端末片手に申し出てくれた青年は、あのえげつない練度の刀剣男士達を育てた審神者とは到底思えないほわほわした笑顔で。
「お願いします!」
一も二もなく頷いてしまったのである。
演錬から帰った本丸で、ダウンロードさせてもらったなめこの歌と動画は大ウケだった。
「んふんふ~んふんふ~♪」
目を輝かせて動画を視聴する暁月と、踊るなめ太郎達の姿は、とてもとても幸せそうで
──また今度会ったら必ずお礼を言おう。あ、それともなめこのぬいぐるみを手作りして贈ろうかな。
と考える好文木だった。
演錬帰りの道筋で、主と並んで歩きながら山姥切国広は尋ねる。
「主はあのキノコのキャラが好きなのか?」
初期刀の彼は十年来の付き合いだが、あんなふうに歌い出す主を知らない。思えば、主の「趣味」らしい趣味を、刀剣男士達の誰も見たことが無い。いつもいつも審神者の仕事と漢方医の仕事に追いまくられ、身を削って働いている「彼女」しか想像できないことに今さらながらに山姥切国広は気付いて愕然とした。
「ええ…はい、好きでした。昔…この時代に来る前、ゲームとかいろいろ集めてたです」
高麗人参は、20xx年代から半ば強制的に連れ去られてやって来た審神者だ。海の向こうの母国から逃げるように日本へ来て、漢方医として病院を転々としていた。
異邦人である彼女には、友人も無く、家族も海の彼方。心を許せる相手のひとりも居ない、孤独な日々。
そんな時、駅の片隅に置かれた椅子に座っている「なめこ」のぬいぐるみと出会ったのだ。
「辛いとき寂しいとき、あのゆるい笑顔を見るたびに、心の安らぎを取り戻したです。…僕に笑いかけるの、なめこの彼だけでした」
昔の話です、と高麗人参は笑う。歌の音源や動画のデータは今の時代でも入手できたが、さすがに過去のぬいぐるみそのものはもう売っていない。存在したとしても、個人所有のアンティークだろう。
「そいつが主は好きだったのか」
「はいです」
「よし、今すぐ買おう。二百年前だろうと…どれだけかかろうと探してやる」
真顔で端末を取り出した山姥切国広を、ぎょっとして高麗人参は止めた。
「待って待って!」
本気で骨董品の「なめこ」ぬいぐるみをサイトで探そうとする気だと悟ったのだ。
そんなことをしなくてもいいのだ。
「今は毎日ひろさん達の笑顔を見えるでしょう? だから、もういいです」
物言わぬ「なめこ」しか慰めがなかったのは遠い昔。
「きみたちがいるから、僕は幸せです」
照れたように顔を赤らめる主から目をそらし、山姥切国広は口元を手で覆った。ナニカを堪えるように、身を震わせて。
ふたり並んで、演錬場の街路を歩く主と初期刀。その後ろを、演錬部隊がついていく。
「なあ、もう一度あのキノコの歌を教えてくれないか」
「そ、それはいやです」
「主の好きなものを知りたい」
「やですってば、恥ずかしい」
「俺達がお願いしてもダメか」
後ろの極短刀達が一斉に声を上げる。
「ねえねえ、あるじさまー」
「またお歌うたってくださいなー」
「主様~~~、お歌おしえて下さい~~~っ」
羞恥心で爆発しそうな高麗人参は足を速め、ゲートへと急ぐ。
「も、もう勘弁して下さい──っ」
彼らが通り過ぎた石畳の上には、てんてんとピンク色の花びらが道しるべのように落ちていた。
・・・・
・・・
・・
絵師さんが描いてくれた小ネタ漫画、今回はニンジンさんと好文木くん、演錬場で出会うの巻。(*´∀`*)
好きなキャラものを持っている人が居ると、つい見てしまうって割とよくある話。筆者が書いてる話のキャラははだいたい同じ国なので、こんな出会いもあるでしょうね。
新人審神者の好文木(コウブンボク)は、いつものように受付を済ませ、対戦までの待ち時間を手持ち無沙汰で過ごしていた。
「えっと…次の対戦相手は…」
メールで送られてくる対戦相手の情報を端末でチェックしていると、隣の席で待っていた小柄な審神者の視線を感じた。
藍色の作務衣の上に医者のような白衣を羽織り、帽子を被って、丸い眼鏡をかけている。人の良さそうな年齢不詳の青年…に見える審神者の視線は、好文木が持っている端末に注がれていた。
──な、なんだかすっごい見られてる?
知らない相手の異様な熱意の籠もった視線をいぶかしみながら、端末を懐にしまおうとすると、
「あの…、それ、なめこですか?」
はっ、と好文木は手を止めた。端末にとりつけた飾り……彼の「妹」が描いてくれた「なめ太郎」の絵をプラ板に転写した手作りストラップが揺れる。
「こ、これはっその、お守りで」
思わず取られまいと袖の中にしまい込めば、
「いえ、すみません。僕、高麗人参といいます」
ぺこりと頭を下げて、青年は自己紹介した。
好文木の「妹」の暁月(アカツキ)は、花街生まれ。好文木とは血縁関係は無いがとある事件で知り合い、彼が後見人となって保護施設に引き取られた。古ぼけたキノコのぬいぐるみ「なめ太郎」だけを抱いて。
父に捨てられ、母に育児放棄され、周囲に疎まれて育った暁月には、なめ太郎だけが心を慰めるよすがで。だから、なめ太郎の元になった大昔のゲームキャラのイラストをよく描いてくれる。
演錬へ行く「お兄ちゃん」の為になめ太郎のお腹に「カツ」と書き加えたお守りは、世界に一つの大切な宝物だ。
「そうだったんですか。…僕、つい懐かしくなっただけで…すみません」
「なつかしい? これすごく昔のゲームのキャラですが」
初版は二百年以上前。何度か復刻されているが、好文木の同期で「なめこ」を知っている人間は居ないくらいマイナーなシロモノだ。
「僕、過去から来てるので知ってるです。昔、駅に大きななめこがいまして、いつもその前を僕通っていたです」
もちろんぬいぐるみですよ?と高麗人参は懐かしそうに目を細める。
「ゲームもやったし、歌もダウンロードして。こんなふうに歌うです。んふんふ~んふ~」
鼻歌交じりにいきなり歌い出した高麗人参に、好文木はぽかんとしてしまう。
「んふんふ~♪ ん?」
通りすがりの審神者達のあっけにとられた視線に気付いて、あわてて口をつぐむ。みるみるその顔がリンゴのように真っ赤になった。
「あわわわっ、ひろさん~っ!!」
自分の白衣を頭から被ってちぢこまる高麗人参。
『山姥切国広みたいな人なのかな?』
と好文木が苦笑していると、駆けてきた山姥切国広(極)が、布饅頭になってしまった主を抱えて連れて行った。
「主がすまない」
「みみみ見ないで下さい~~~っ」
「ほら、行くぞ主」
ぷるぷる震えて恥ずかしがっている青年はなんだか「可愛い」と思えた。
まさか、その彼らが演錬の対戦相手で、しかもゴリラの指導枠だとは。
初手、遠戦で刀装を潰され極カンスト部隊に斬り込まれ、かすり傷すら与えることなく戦線崩壊…完敗だった。
──人は見かけによらない。
好文木は肝に銘じた。
けれど、
「なめこ好きなのは妹さん?なら歌の音源どぞです。アニメもありますよ」
試合が終わった後の挨拶で、端末片手に申し出てくれた青年は、あのえげつない練度の刀剣男士達を育てた審神者とは到底思えないほわほわした笑顔で。
「お願いします!」
一も二もなく頷いてしまったのである。
演錬から帰った本丸で、ダウンロードさせてもらったなめこの歌と動画は大ウケだった。
「んふんふ~んふんふ~♪」
目を輝かせて動画を視聴する暁月と、踊るなめ太郎達の姿は、とてもとても幸せそうで
──また今度会ったら必ずお礼を言おう。あ、それともなめこのぬいぐるみを手作りして贈ろうかな。
と考える好文木だった。
演錬帰りの道筋で、主と並んで歩きながら山姥切国広は尋ねる。
「主はあのキノコのキャラが好きなのか?」
初期刀の彼は十年来の付き合いだが、あんなふうに歌い出す主を知らない。思えば、主の「趣味」らしい趣味を、刀剣男士達の誰も見たことが無い。いつもいつも審神者の仕事と漢方医の仕事に追いまくられ、身を削って働いている「彼女」しか想像できないことに今さらながらに山姥切国広は気付いて愕然とした。
「ええ…はい、好きでした。昔…この時代に来る前、ゲームとかいろいろ集めてたです」
高麗人参は、20xx年代から半ば強制的に連れ去られてやって来た審神者だ。海の向こうの母国から逃げるように日本へ来て、漢方医として病院を転々としていた。
異邦人である彼女には、友人も無く、家族も海の彼方。心を許せる相手のひとりも居ない、孤独な日々。
そんな時、駅の片隅に置かれた椅子に座っている「なめこ」のぬいぐるみと出会ったのだ。
「辛いとき寂しいとき、あのゆるい笑顔を見るたびに、心の安らぎを取り戻したです。…僕に笑いかけるの、なめこの彼だけでした」
昔の話です、と高麗人参は笑う。歌の音源や動画のデータは今の時代でも入手できたが、さすがに過去のぬいぐるみそのものはもう売っていない。存在したとしても、個人所有のアンティークだろう。
「そいつが主は好きだったのか」
「はいです」
「よし、今すぐ買おう。二百年前だろうと…どれだけかかろうと探してやる」
真顔で端末を取り出した山姥切国広を、ぎょっとして高麗人参は止めた。
「待って待って!」
本気で骨董品の「なめこ」ぬいぐるみをサイトで探そうとする気だと悟ったのだ。
そんなことをしなくてもいいのだ。
「今は毎日ひろさん達の笑顔を見えるでしょう? だから、もういいです」
物言わぬ「なめこ」しか慰めがなかったのは遠い昔。
「きみたちがいるから、僕は幸せです」
照れたように顔を赤らめる主から目をそらし、山姥切国広は口元を手で覆った。ナニカを堪えるように、身を震わせて。
ふたり並んで、演錬場の街路を歩く主と初期刀。その後ろを、演錬部隊がついていく。
「なあ、もう一度あのキノコの歌を教えてくれないか」
「そ、それはいやです」
「主の好きなものを知りたい」
「やですってば、恥ずかしい」
「俺達がお願いしてもダメか」
後ろの極短刀達が一斉に声を上げる。
「ねえねえ、あるじさまー」
「またお歌うたってくださいなー」
「主様~~~、お歌おしえて下さい~~~っ」
羞恥心で爆発しそうな高麗人参は足を速め、ゲートへと急ぐ。
「も、もう勘弁して下さい──っ」
彼らが通り過ぎた石畳の上には、てんてんとピンク色の花びらが道しるべのように落ちていた。
・・・・
・・・
・・
絵師さんが描いてくれた小ネタ漫画、今回はニンジンさんと好文木くん、演錬場で出会うの巻。(*´∀`*)
好きなキャラものを持っている人が居ると、つい見てしまうって割とよくある話。筆者が書いてる話のキャラははだいたい同じ国なので、こんな出会いもあるでしょうね。
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2022-08-07 21:00
Comments (9)
更新ありがとうございます!これで好文木本丸は毎日愉快の歌声が聞こえるでしょうね。中毒性あるからハマる刀剣男士が出るかも… ニンジンさん以外、婆様も千ちゃんも針槐樹さんもなめこの歌知ってますからそのうち演練場になめこ同好会が出ますかなw
View Replies人参様~可愛いですね。
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