「それが貴方の罪だよ」

コン コン…木の鐘が響く場所は僕の部屋の隣から鳴っていた。
一人暮らしで余生を過ごすには少しばかり広く、随分と持て余していた家での出来事だった。

しかし何故ノックが玄関ではなく隣の書斎から聴こえてくるのだろうか、読書が趣味であった妻が他界してから二年と半年は経ったはずだ、空き巣にしては律儀すぎる。
静かではあるものの確かに感じる違和感に心を掻かれた。

恐る恐る開けまいかどうかで気持ちの整理をしていたのも束の間、体を曲げた老体の軋む骨の音と変わらないドアの音と共に光が差し込む。
驚いた…この驚いたには二つの意味が籠っている。
一つは僕がドアノブに手をかける前に開いた事、そしてもう一つは扉の向こうに歳幼く見える人形の様な少女がこちらに子猫の様な眼差しを向けていた事である。

「お返事を頂けなかったので開けちゃいました、こんにちは ご尊老」
少女は僕の心情など意に介さず小さな声色で語りかける、一瞬呆気に取られて言葉が出なかったが、彼女の纏う佇まいにすぐさま自分の置かれてる状況が先程感じた違和感と照らし合わされた。

あの少女が魂を間引きに来たのだろう、愛した妻をあやめた者に対する復讐心を少しでも抱いてしまっていた贖罪だ、きっとそうに違いない。
事実、大きく湾曲した鋭利な"得物"が確かに煌めいており、嫌でも視界を彩るそれが確信を抱かせる。
顔の溝に脂汗が這う中、懺悔が滴り落ちる前に聞いておきたかった、しわがれた声で振り絞る。
「最後に一つ教えてくれないか、美しき天使よ…僕の妻は苦しまずに最期を迎えられたのだろうか…?」

少女の口元が次第に三日月を模った。

「虚構にしては質が悪いよ、自分で家族全員を手に掛けていてよく笑顔でそんなこと言えるね」

……………は?……わたしが? 笑顔?

「それが貴方の罪だよ」

鏡の割れる音が虚しく鳴り渡る。

―吟遊詩人と名乗った者、シャーデン・マティア・メルゼブルクからの御噺―

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2023-07-07 23:56

 中野なのか@リクエスト募集中


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