ただの日記📖寒い
夏から急に今日は冬
今日から冬用の色々を
収納ケースから出した
寝る時にパジャマの上に着る
もこもこ上着(無印の)
今朝まで薄手のカーディガンを
羽織って寝てたがもう無理なので
あとパジャマの
あったかめのズボン
夏はワンピース型パジャマなのだが
もう足が寒いので
でも今日は冬だけど
来週は18度くらいには
またなるんだよね
あと外に出る時の上着も
秋用の薄手上着だったが
冬用のを出した
しかしこれも真冬はもう
全然あったかさ足りてなくて
寒いんだよね…(-_-;)
でも今日も私は
外に出る時はまだ
裸足に夏サンダルです
これが楽…
冬は毎年
自分の部屋用の
ミニ電気ストーブを出すが
まだ早いのでそれは出してない
なのでキャンドル焚いてる
キャンドルって冬は違いが分からんが
夏に焚いてると
部屋の温度がすごい暑くなるので
キャンドルってちゃんと
部屋の温度あっためてるんだ…
と夏にだけ実感する
だからきっと冬も
あったかくなってる、はず
今日はインドの新年という事もあり
インドでは町中が
キャンドルやランプなどで
煌びやかに飾られ光のお祭りになり
お菓子など甘い物を食べお祝いする
それもあって今日は私も
さっき夜になってからは
キャンドル焚いて
前に録画したインド特集の番組見て
お菓子食べたりした
そしてご飯食べたら
もう寒いしメンタルがあれなので
ベッドにこもった
昼間は父と近所のスーパーなどに
2人で買い物に行った
今日は何事もなく普通に
穏やかに過ごせた
朝は毎日起きたらまず
ベランダにある母の草花たちに
水やりをしてるが
冬に咲く花で寒さに弱い花を
去年はみごとに枯らしたので…
(冬は水やりはあまりしなくていいのに
知らずに毎日やってしまった)
今は水もたまにやって
去年もやったがビニールをかぶせて
冷風が直に当たらないようにしてる
これも去年もっと早くにやるべきだった
でもなんか葉っぱが元気ないので
今年も無理かも…
ミニバラは今年も
いくつも次々咲いてくれた
前のアパートでは母が庭に
植えてたものだが
引っ越す時に掘り起こして
鉢植えに🪴移して
持ってきて本当に良かった
母がいない今もこうして
生き続けてるのは嬉しいし
母も喜んでくれてると思う
持ってはこられなかったが
前のアパートでは
廃墟になった今も
母の植えた紫陽花とツツジも
今も毎年咲いて成長してて
それもすごく嬉しい
廃墟でいいから
ずっと残り続けてほしい
なくなってほしくない…
でも取り壊すって言うから
引っ越しを急かされて
住人はみんな引っ越したのに
何年経ってもまだある
だったら引っ越さなくて
良かったじゃない??
と今もいつも思う
でも母がまだ歩けていたうちに
今のような団地に引っ越せてたらな
ともよく考える
母は自分が生きてるうちに
引っ越したがって焦っていた…
きっと自分がいなくなって
私たち3人だけ新居に引っ越すと
母は自分だけ置き去りになるようで
寂しかったんだと思う。。
でもなかなか安い家賃のとこも見つからず
私は母はきっと大丈夫と信じたかったし
大丈夫また良くなると思ってた
そして一緒に引っ越せず
こうなってしまった。。
今の団地は狭すぎて
母もいたらもっと広いとこじゃないと
とても住めないが
もし今のようなとこに
早く引っ越せていたら
母が車椅子になった時も
雨で散歩に行けない時や
もう外に行くのも厳しくなった時も
今の家なら
ベランダに車椅子を出して
外の広い景色を見せてあげることができた
日当たりも良く空も広く
草花や木々や広い芝生が見える
それを見せてあげたかった
近所も自然が多いし
広めの公園も近くにいくつかあるから
連れて行けた
前のアパートは
庭の目の前は隣の一軒家の壁で
日当たりも悪く
ベランダのように屋根もないし
外の景色も一切見えない
空も隙間から小さくしか見えなかった
近所も自然も少なく
シンプルで小さな小さな公園が
2つあるくらいで
あとは家々と道ばかり
だから最期の方は
毎日梅雨の時期で雨ばかりだったし
もう散歩にも行けないまま
窓からも景色など一切見えないので
母は部屋の天井や壁だけ見て
過ごしていたのだ
可哀想でならない
だから母が亡くなった日
まだ朝は母は起きていたので
私は仕事に行く前にせめてスマホで
旅行に行った時の写真で
景色のいい写真やお花畑や花壇の写真を
母に見せたのだ
ピンクや黄色の花がたくさん咲き乱れてる
草花の写真を見せたら
弱々しくも目を開いて笑顔になっていた
だから今の家だったら
ベッドを起こして
せめて窓からベランダの向こうの
自然の景色や空を見せてあげれたのに
雨でもベランダに出して
外の空気を吸わせてあげれたのに
雨でも広い景色を見せてあげれたのに
広い公園で自然を見せてあげれたのに
………
そういう後悔ばかり(;_;)
悔いばかり
もしまだ前のアパートで
母が1人でいたらどうしよう
と考えて辛くなるのだ。。
もしまだあのアパートに母の魂がいて
真っ暗な誰もいない部屋で
ベッドの上で私達を呼んでいて
泣いていたらどうしよう。。
と何度も何度も考えてしまって泣いた
今もこれを書いてて泣いてる
もう姿を現してほしい
ちゃんと今の家に一緒にいるよ
って教えてほしい…
もうだいぶ何年も前
まだ母が元気だった時に
母が言ってたことがある
「自分が死ぬって
どういう感じなんだろうね
だって自分が死んでも
周りの世界は続いていくんだから…
そう考えると何か怖いよね」
というような事を言ってた
今はどうしてるの…
私は昨日から
自分のベッドの枕の横に
母の写真立てを置いてる
なんかもうどうにも耐えられないので
寂しさと悲しみに
自分の部屋で
お線香をたいてる場所にも
母の大きめの写真を飾ってるけど
それとは別に
文庫本サイズくらいの写真立てを
枕の横に置いてる
すぐそばに置きたくて
私のすぐ横はぬいぐるみのむく
その横に母
私のすぐ横だと私がつぶしそうで
嫌なので
3人並んで寝ている
立てて置いてるのではなく
寝かせて置いてる
母もこの家で一緒に
普通に暮らして過ごせるように
布団でゆっくり体を休めて
くつろいでのんびり休めるように
一緒に寝られるように
すぐそばで一緒にいられるように
今日から冬用の色々を
収納ケースから出した
寝る時にパジャマの上に着る
もこもこ上着(無印の)
今朝まで薄手のカーディガンを
羽織って寝てたがもう無理なので
あとパジャマの
あったかめのズボン
夏はワンピース型パジャマなのだが
もう足が寒いので
でも今日は冬だけど
来週は18度くらいには
またなるんだよね
あと外に出る時の上着も
秋用の薄手上着だったが
冬用のを出した
しかしこれも真冬はもう
全然あったかさ足りてなくて
寒いんだよね…(-_-;)
でも今日も私は
外に出る時はまだ
裸足に夏サンダルです
これが楽…
冬は毎年
自分の部屋用の
ミニ電気ストーブを出すが
まだ早いのでそれは出してない
なのでキャンドル焚いてる
キャンドルって冬は違いが分からんが
夏に焚いてると
部屋の温度がすごい暑くなるので
キャンドルってちゃんと
部屋の温度あっためてるんだ…
と夏にだけ実感する
だからきっと冬も
あったかくなってる、はず
今日はインドの新年という事もあり
インドでは町中が
キャンドルやランプなどで
煌びやかに飾られ光のお祭りになり
お菓子など甘い物を食べお祝いする
それもあって今日は私も
さっき夜になってからは
キャンドル焚いて
前に録画したインド特集の番組見て
お菓子食べたりした
そしてご飯食べたら
もう寒いしメンタルがあれなので
ベッドにこもった
昼間は父と近所のスーパーなどに
2人で買い物に行った
今日は何事もなく普通に
穏やかに過ごせた
朝は毎日起きたらまず
ベランダにある母の草花たちに
水やりをしてるが
冬に咲く花で寒さに弱い花を
去年はみごとに枯らしたので…
(冬は水やりはあまりしなくていいのに
知らずに毎日やってしまった)
今は水もたまにやって
去年もやったがビニールをかぶせて
冷風が直に当たらないようにしてる
これも去年もっと早くにやるべきだった
でもなんか葉っぱが元気ないので
今年も無理かも…
ミニバラは今年も
いくつも次々咲いてくれた
前のアパートでは母が庭に
植えてたものだが
引っ越す時に掘り起こして
鉢植えに🪴移して
持ってきて本当に良かった
母がいない今もこうして
生き続けてるのは嬉しいし
母も喜んでくれてると思う
持ってはこられなかったが
前のアパートでは
廃墟になった今も
母の植えた紫陽花とツツジも
今も毎年咲いて成長してて
それもすごく嬉しい
廃墟でいいから
ずっと残り続けてほしい
なくなってほしくない…
でも取り壊すって言うから
引っ越しを急かされて
住人はみんな引っ越したのに
何年経ってもまだある
だったら引っ越さなくて
良かったじゃない??
と今もいつも思う
でも母がまだ歩けていたうちに
今のような団地に引っ越せてたらな
ともよく考える
母は自分が生きてるうちに
引っ越したがって焦っていた…
きっと自分がいなくなって
私たち3人だけ新居に引っ越すと
母は自分だけ置き去りになるようで
寂しかったんだと思う。。
でもなかなか安い家賃のとこも見つからず
私は母はきっと大丈夫と信じたかったし
大丈夫また良くなると思ってた
そして一緒に引っ越せず
こうなってしまった。。
今の団地は狭すぎて
母もいたらもっと広いとこじゃないと
とても住めないが
もし今のようなとこに
早く引っ越せていたら
母が車椅子になった時も
雨で散歩に行けない時や
もう外に行くのも厳しくなった時も
今の家なら
ベランダに車椅子を出して
外の広い景色を見せてあげることができた
日当たりも良く空も広く
草花や木々や広い芝生が見える
それを見せてあげたかった
近所も自然が多いし
広めの公園も近くにいくつかあるから
連れて行けた
前のアパートは
庭の目の前は隣の一軒家の壁で
日当たりも悪く
ベランダのように屋根もないし
外の景色も一切見えない
空も隙間から小さくしか見えなかった
近所も自然も少なく
シンプルで小さな小さな公園が
2つあるくらいで
あとは家々と道ばかり
だから最期の方は
毎日梅雨の時期で雨ばかりだったし
もう散歩にも行けないまま
窓からも景色など一切見えないので
母は部屋の天井や壁だけ見て
過ごしていたのだ
可哀想でならない
だから母が亡くなった日
まだ朝は母は起きていたので
私は仕事に行く前にせめてスマホで
旅行に行った時の写真で
景色のいい写真やお花畑や花壇の写真を
母に見せたのだ
ピンクや黄色の花がたくさん咲き乱れてる
草花の写真を見せたら
弱々しくも目を開いて笑顔になっていた
だから今の家だったら
ベッドを起こして
せめて窓からベランダの向こうの
自然の景色や空を見せてあげれたのに
雨でもベランダに出して
外の空気を吸わせてあげれたのに
雨でも広い景色を見せてあげれたのに
広い公園で自然を見せてあげれたのに
………
そういう後悔ばかり(;_;)
悔いばかり
もしまだ前のアパートで
母が1人でいたらどうしよう
と考えて辛くなるのだ。。
もしまだあのアパートに母の魂がいて
真っ暗な誰もいない部屋で
ベッドの上で私達を呼んでいて
泣いていたらどうしよう。。
と何度も何度も考えてしまって泣いた
今もこれを書いてて泣いてる
もう姿を現してほしい
ちゃんと今の家に一緒にいるよ
って教えてほしい…
もうだいぶ何年も前
まだ母が元気だった時に
母が言ってたことがある
「自分が死ぬって
どういう感じなんだろうね
だって自分が死んでも
周りの世界は続いていくんだから…
そう考えると何か怖いよね」
というような事を言ってた
今はどうしてるの…
私は昨日から
自分のベッドの枕の横に
母の写真立てを置いてる
なんかもうどうにも耐えられないので
寂しさと悲しみに
自分の部屋で
お線香をたいてる場所にも
母の大きめの写真を飾ってるけど
それとは別に
文庫本サイズくらいの写真立てを
枕の横に置いてる
すぐそばに置きたくて
私のすぐ横はぬいぐるみのむく
その横に母
私のすぐ横だと私がつぶしそうで
嫌なので
3人並んで寝ている
立てて置いてるのではなく
寝かせて置いてる
母もこの家で一緒に
普通に暮らして過ごせるように
布団でゆっくり体を休めて
くつろいでのんびり休めるように
一緒に寝られるように
すぐそばで一緒にいられるように
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2023-11-12 22:00
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