紀元前37年“右腕”

連絡将校「オクタウィアヌス様より“ネプトゥヌスの憤怒は大なり”文言は以上です。符牒、ですか?」
アグリッパ「ん? そらもうアレよ(そうなるかもしれないという予感はあったし、挽回する策は用意してるけどさ……あいつ、マジでまた敗けたの……?)」
将校「回答はいかに?」
アグリ「“冥界”より汝の望みは叶えられん、以上だ(アウェルヌス湖からルクリヌス湖を開削し、ハルパクスを投入する)」

百人隊長「ありゃ、駄目ですよ旦那。間違いなく頭はキレる。しぶとく生き延びるしたたかさもある。でもね“マルスの息吹”ってやつがわからねぇんだ。ガリアからカエサルと戦場で飯を食ってきた荒くれ共を転がすコツもわかってない。大叔父殿のように何万もの人間を誑かして地獄に放り込むウィルトゥス……魂を鷲掴みにする妙味は遠く及ばない。賭けても良い、あれじゃ家族も御しきれない」
アグ「流石の慧眼だ、百人隊長……いや、そうだな、誰でも得手不得手がある。だからこそ神々は俺やお前をこの目も当てられぬ血塗れの世に遣わし“戦いのアルス”を授けたのかもしれない。或いは彼にこそコンコルディアやヤヌスの寵愛があり、我々に調和や終わりと始まりを齎してくれるのやもしれん。……それに何だってそうだが、二番煎じはつまらんだろう?(まぁ、もう少し何とかしてほしいもんだが、欲を言えばキリが無いしな……)」

アグ「さて……業者の皆様にアウェルヌス湖に馳せ参じれば“冥府の口”で一儲け出来ると触れろ。それからこの設計図通りに兵器を組める職人……こいつと、この辺に声を掛け……出来の良いやつには最低でも今受けている仕事の3倍は払うので最優先でやれと伝えろ。あとは全軍団の“噂好き”に戦勝報奨金を仄めかす。相手は偉大なるポンペイウスの息子だ。出し惜しみしていたら死ぬぞ。最後に百人隊長を全員呼集しろ、“ネプトゥヌスの申し子”とやり合うんだ、さぁ行け!気合を入れろ!」
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カエサル暗殺後、第2回三頭政治の頃、海上封鎖によってローマの生命線たる北アフリカの穀物を制限する間接アプローチ戦略を展開中の“ネプトゥヌスの子”を称するセクストゥス・ポンペイウスにボロ負けしたオクタウィアヌス(後のアウグストゥス)へ「ドシタン! ハナシキコカァ!!」的なお手紙を和やかにしたためるアグリッパと仲間たちの図。

アグリッパはポンペイウスの息子であるセクストゥス・ポンペイウスに比べて海戦や海軍についての知識や経験が豊富であったわけではなかったようですが、この戦役においてはアウェルヌス湖とルクリヌス湖に水路を掘り、隠蔽された新たな港で新艦隊を建造し、強敵に対抗しました。ローマ軍艦艇の搭載兵器といえば、攻撃力と引き換えに船の復原性を著しく損なう可動橋のコルウスが有名ですが、アグリッパは新しい艦艇に、より軽いハルパクスを配備し、前36年のナウロクス沖の海戦に勝利しました。

オクタウィアヌスの不屈の精神や政治的センスには目を瞠るものがある一方で、軍事的な面では度々競争相手に後れを取っており、この“右腕”がいなければ後の“アウグストゥス”の存在もなかなかに危ういものだったのではないかと思います。八面六臂の大活躍を見せるアグリッパはその個人的な逸話や伝記的な物語についてはわりと薄味で、あまり残されておらず、不思議な存在です。元首政の体制転換において、トップ以外にあまり秀でた存在がいても困るので恣意的にそういう扱いとなったのか、或いは同様にオクタウィアヌスの腹心であったマエケナスの様に何らかしくじって記録が“整理”されたのか(親族に機密を漏らした)、今後の研究が気になるところです。ただ……この時代のローマを生き抜いて頭角を現す様な人物なので、一癖も二癖もあるぼちぼちヤバい男だったのではないかと思いますね。

ネプトゥヌス:海の神、セクストゥス・ポンペイウスはその艦隊の力や戦略を以て自身をネプトゥヌスの子と称した
アウェルヌス:ローマ人にはアウェルヌス湖が冥界の入り口であるとする考えがあった、黄泉平坂
間接アプローチ戦略:リデル・ハート参照
コルウス:ガレー船に搭載された可動橋、本船甲板に対して垂直に格納され、接舷戦闘時に歩兵を突入させるため水平に展開される。構造上、船の復原性を損なうため、荒天時の重大な海難事故の原因となった(船がバランスを崩して傾き、転覆する)
ハルパクス:バリスタ、投石機から綱に結ばれた鉤や銛を射出し、捕捉した敵艦を引き寄せ、接舷戦闘に至るための兵器

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2024-02-12 20:18

 Legionarius


Comments (16)

Babylon001 2024-02-14 09:01

Is that a Gaul on the far right?

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エピルス28号 2024-02-14 03:40

自分の得手不得手を心得ていたのかはたまた権力の階段の魅力に気付くのが遅すぎたのか。主人の手を噛む問題児に囲まれなかったオクタウィアヌスの強運も賞してあげませんと。

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Emil 2024-02-12 22:39

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流石は後にアウグストゥスの後継者に選ばれるだけの人物ですね。 その分、早死が惜しまれます。 が、当時のローマでインペラトールの代理が務まる程ですからある意味図太い部分もあったと思います。

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テンタコス 2024-02-12 20:41

兎を狩った犬は煮られるのが時代の常だが、そういう訳でもない。政敵に担がれず、部下からの突き上げもなく、主君の猜疑心も焚きつけない……ちょっと都合良すぎて信じられない系男子

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