龍女

■法華経の提婆達多品に龍女成仏というくだりがあります。この龍女は、八才という幼女。畜身であり、女人であり、幼児でもあるこの龍女は、仏から一番遠い存在の代表であり、その龍女の成仏は、法華経の題目そのものを表しています。■妙法蓮華経という文字は、妙は少女、水より去り、蓮の華を(咲かせる)つまり、この文字自体が龍女成仏を表しているのです。泥の中から美しい花を咲かせる蓮からの着想でしょうか。■よくこのお題目を女性は男子に変わらなければ成仏できないという妄言がありますが、そうではなく、一番成仏から程遠い龍女であっても、畜身を改めず、女人を改めず、龍女は龍女のままの成仏できるということを指しています。■2008年秋京都大学において平安京シンポジウムがあり、その席で漫画家の岡野玲子先生が、ハートのチャクラの話をされました。■自分の全てを投げ出して差し上げる「もの」として、捧げれる唯一のものは心だけだと。それは真心ともいえるのかもしれません。分け与えてもあまりある心だと。■「竜女は手に三千大千世界にも値するほどの尊い宝珠を一つ持っており、それをお釈迦様に差し上げました。」と経の中にあり、それは同じく心、ハートチャクラ(愛ともいうべき?)ではないかと、その話の間、法華経のこのくだりを思い返していました。■そういう意味において、日蓮が「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えなさいという活動をしたのも、一理あるのかもしれません。□法華経の提婆達多品(書き下し、一部抜粋)□爾の時に龍女一つの宝樹あり、価直三千大千世界なり。持って以て仏に上る。仏即ち之を受けたもう。龍女、智積菩薩・尊者舎利弗に謂って言わく、我宝樹を献る。世尊の納受是の事疾しや不や。答えて言わく、甚だ疾し。女の言わく、汝が神力を以て我が成仏を観よ。復此れよりも速かならん。当時の衆会、皆龍女の忽然の間に変じて男子となって、菩薩の行を具して、即ち南方無垢世界に往いて宝蓮華に坐して等正覚を成じ、三十二相・八十種好あって、普く十方の一切衆生の為に妙法を演説するを見る。爾の時に娑婆世界の菩薩・声聞・天・龍・八部・人と非人と皆遥かに彼の龍女の成仏して、普く時の会の人・天の為に法を説くを見て、心大に歓喜して悉く遥かに敬礼す。無量の衆生法を聞いて解悟し不退転を得、無量の衆生道の記を受くることを得たり。無垢世界六反に震動す。

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2010-08-10 21:50

 水鏡


Comments (1)

艶水 2016-11-03 12:42

仏教には原初の原典が存在しない。本家もなければ正典もない。「御仏がこういわれた~」と経文を書けば、無限に仏典は増えていく。 こうして現代の仏教はすべて「仏教系新興宗教」であり、正統も異端もない混沌の宗教である。

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