涙の檻の中で

薄いグレーの光が、私の髪を撫でるように滑っていく。肩に触れるたびに冷たさを纏い、重たくなった空気が押し寄せる。頬を伝う涙が膝の上で小さく波を作る音だけが、この静寂を震わせている。

目を閉じても、薄暗い空間に残る影が視界を覆う。私の心の中にある、どうしても消えない残像のように。

記憶の中の声が途切れ途切れに浮かんでは消えていく。「また明日」と言ったその笑顔を、私はどれだけ信じていたのだろう。

あの瞬間の温度を、私の指先はまだ覚えている。けれど、その温かさはもうどこにもない。

どうしてここに座っているのか、思い出せない。ただ、涙が止まらないのだ。

肌を濡らし、冷えた服が心地悪く張り付く。このシャツも、あの人が選んでくれたものだった。鏡の前で「よく似合う」と笑った声が耳に残っている。その声が、今はただ耳鳴りのように痛い。

この部屋の窓は小さい。光は頼りなく、壁に投げかける影も薄い。

部屋の端には、彼が最後に使っていたコートがそのまま掛かっている。

手を伸ばせば触れられるはずなのに、どうしてもその一歩を踏み出せない。触れてしまえば、それが本当に終わった証明のような気がして怖い。

「笑顔が見たい」と言われたあのときの言葉が、どうしてこんなに重たく響くのだろう。

約束は守れなかった。笑顔どころか、私は涙に溺れている。それなのに、彼はきっと怒りもしない。ただ優しく微笑んで「大丈夫」と言ってくれるだろう。

でも、その顔をもう見ることはできない。

時間は、確かに進んでいるはずだ。それでも、私だけが取り残されている。

時計の針が刻む音が、部屋の静けさを埋め尽くす。その音はどこか冷たく、私の心の奥にある痛みを抉るように響く。

触れてはいけないものに触れてしまったような、そんな感覚が胸にある。

失ったものは、もう戻らないと知っている。それでも、どこかであの日々が続いている気がしてしまう。

ふと、床に落ちる涙の粒に光が反射するのが見えた。ひとつひとつの雫が、自分の痛みを象っているように思える。

あの人が好きだった日曜日の朝。窓から差し込む光が、彼の髪に金色の輪郭を描いていた。

小さなカフェで頼むいつものコーヒーとクロワッサン。二人で語り合った他愛のない夢。

その全てが、今となっては幻のようだ。私はその温もりを失った。

喪失の重みを抱えながら、それでも、私の涙はただ流れるだけでは終わらないのだ。この痛みが私を変えていくのだろうか。

それとも、私はこのままここに留まり続けるのだろうか。

曖昧な未来を思い描きながら、私は再び目を閉じる。過去の声が途切れず耳元に響く中、静かに息を吸った。

「あのとき、もっと何かができたのではないか」
そんな考えが頭をよぎるたび、胸の奥が軋む。

私は、一人で泣いている。それは誰にも見られることのない、孤独な行為だ。

けれど、心のどこかで、それでも誰かに気づいてほしいという願いがあるのかもしれない。

この涙が乾いたとき、何かが変わるのだろうか。

それとも、この部屋の中で永遠に閉じ込められてしまうのだろうか。

彼が教えてくれた温もりを胸に、私は今日も泣き続ける。

誰にも見られることのないこの部屋で、静かに、確かに。私の涙は、まだ止まらない。

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2024-12-03 22:42

 星空モチ


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