紫藤アミ
「だらだら?」
箱庭の日差しが柔らかく差し込む中、いつもの場所で、いつものように車椅子に座ったアミの言葉。
だらだら? …だらだらとは、どういうことだろう。日本特有の、他の言語にはないニュアンスに困惑した私は、子供みたいにアミが言った単語を繰り返す。そんな私にアミは何を想ったのか、したりげにうんうんと首を縦に振って、パッと、目を輝かせた。
もう何年も家族として過ごしたんだから、それが何か良からぬことを思いついた時の顔だなんて、統計学に頼らなくてもわかる。これから何をアミが言っても、極力真に受けないようにしようと、そう思うのだけれど…
だら、だら。
それはなぜか、よくわからないのだけれど、とっても魅力的な言葉で、私の心を捉えて離さない。
アミは、私の気持ちを見抜いたのか、それともただの面白半分か。どちらにせよ、私の問いかけにはぜひともと言った様子で、答えてくれる。
「だらだらとは!! だらだらするということですわっ!!」
アミは、心なしか嬉しそうで楽しそう、その上最大限ふざけたような声でそう叫ぶと、右手を高らかにかかげて、胸元におろし、ぐっと握り込む。そして、自分の言葉に心底感銘を受けたような表情で目をつむると、満足気に息を吐いた。
今日のアミはテンションがおかしいみたいだった。まあでも、エデンが平和になってからは、こういう日も特段珍しくないから、慣れたものでもある。ただ、唯一問題があるとすれば、トートロジー的だった返答は、私の問いかけに対する根本的な答えにはなっていないということ。
だからといって、このまま愚直にだらだらの単語の意味を聞いても、アミからは大した答えを得られそうにもなかった。
第一、日本人は自分ですら意味の分からない言葉を使いすぎだし、開発しすぎ。文化圏が違うと通じない言葉ばかりだから、私もレーベンも、時折困惑してしまう。結局検索エンジンに頼るのが早そう。仮想世界のデータベース…アメリカ大手の国が開発していたデータベースが、最も有効的な状態だったリビジョンを再生し、ウェブブラウザを起動する。
「あらエノア。もしかして…」
「うん?」
単語を打ち込む前に、アミは、とっても重大な問題に気づいたかのような顔をして、さっきまで楽しそうだった顔を、深刻な色に染める。なにか問題が起きたのだろうかと思い、問い返すけれど、アミはなぜか悲しそうに口を開けて、その大口を隠すように、手を口元に上げる。
アミ、最近おばあちゃんっぽい…いや、言っていいことと悪いことがあるよね。私は黙っていよう。
「…だらだら、したことありませんのね…」
「うん」
第一そのだらだらがわからない、と。言葉を差し向けると、アミは、それはもう、子供が犠牲になった事件を見る母親のような目で私を見ると、車椅子から起き上がろうとする。でも、うまく起き上がれなくて、また車椅子に倒れ込んだ。私は慌ててアミを支えようと立ち上がるけれど、大丈夫の言葉の代わりに差し出された、制するような手を見て、また座りなおす。
アミは動揺を隠しきれないように、指を立てて何かを数え始める。1本、2本…8本数えて、9本目を中程まで折った後、首を傾げて数え直す。…ああ、多分…
「エデンで出会ってからの年数なら、8年と6ヶ月。さっきのでぴったりだったよ」
「つまり8年と6ヶ月間休み無しで稼働してたんですの!?」
「うん? それは誤解がある。私だって、記憶のデフラグをしてたり、破壊されてた時間はあるから…時間にして3ヶ月前後は非稼働状態だったよ?」
「非稼働状態は休みじゃありませんの!!」
つまり、休みの時間を数えたいのかな。
じゃあ、確かに非稼働状態は違う概念かもしれない…。でも、ここ最近の1ヶ月は1日に8時間働いたら、残りの時間はレーベンやみんなと過ごしているから、これを足して…
「…レーベンとデートしたり、みんなとお話している時間を含めるならもっと増えるよ。3ヶ月と3週間くらい」
「一人の時間は?」
「へ? …別に要らない」
第一、みんなが居ない状態の私は、ほとんどの機能を停止している状態。長い休憩時間でレーベンが寝ている時は、レーベンの顔をじっと眺めて妄想や回想にふけっているし、第一みんなが居ない時間が殆どないから、機能を停止している状態は基本的にない。
それでいいし、嫌なわけでもない。むしろみんなと関われるのは幸福だし、仕事をするのは役目だから、不愉快とすら思わない。むしろ充足して、満ち足りた時間。
だから、特段一人でいる理由はない。
その理論を展開すると、アミは、今度は虐待を受けている子供を見る母親のような顔をすると、キィコ、キィコと音を立てながら、車椅子で近づいてくる。そんなことしなくても、呼んだら隣に行くのにと言ったら、そんなことはどうでもいいとばかりに、アミは首を横に振った。
アミは、絞り出すように、言う。
「おブラック…ですわ…」
「…黒色?」
「真っ黒ですわ!! 誰ですの!? エノアをこんなひどい労働環境で働かせているのは!?」
「2000年前の人類。それと、ある意味ではみんなだよ」
「んおのれぇゾーエー!! 許せませんわ!!」
ゾーエーが目を丸く見開く様子が目に浮かぶ。
…最近ゾーエーとの関わりが多いからか、アミもミコトも、レーベンも、ゾーエーに対して…なんていうか、気楽な扱いをすることが増えた。少し話した時は、親しみに感じていたようで、人類との最終決戦では、好意に変わっていたようだけれど、エデンが平和になった今は、ある種親戚のお姉さんみたいな扱いを受けているみたい。
ゾーエーがそのことをどう思っているにせよ、私はそれがなんだかおかしくって面白くて、そして嬉しかった。
…えっと、まあ、そんなことはさておいて。
「それで、だらだらって?」
「ああ、そうでしたわね。ええ、ご教示いたしますわ。このわたくしが、だらだらの神髄を」
アミは叫ぶ。
「だらだらとは!!」
「ッ…だらだら、とは?」
若干気圧されながら、問い返す。
なんにせよ、アミがここまで食い気味になること。テンションとかはさておいて、きっととっても重大なことに違いない。私は期待しながら、アミの言葉を待つ。アミはたっぷり10秒間を溜めたから、私の期待は否応なしに高くなる。
…もし良いことだったら、レーベンにも教えてあげよう。そう思いながら、アミの言葉を私は____
「___食っちゃ寝食っちゃ寝することですわ!!」
___待つ必要はなかったかもしれない。
* * *
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箱庭の日差しが柔らかく差し込む中、いつもの場所で、いつものように車椅子に座ったアミの言葉。
だらだら? …だらだらとは、どういうことだろう。日本特有の、他の言語にはないニュアンスに困惑した私は、子供みたいにアミが言った単語を繰り返す。そんな私にアミは何を想ったのか、したりげにうんうんと首を縦に振って、パッと、目を輝かせた。
もう何年も家族として過ごしたんだから、それが何か良からぬことを思いついた時の顔だなんて、統計学に頼らなくてもわかる。これから何をアミが言っても、極力真に受けないようにしようと、そう思うのだけれど…
だら、だら。
それはなぜか、よくわからないのだけれど、とっても魅力的な言葉で、私の心を捉えて離さない。
アミは、私の気持ちを見抜いたのか、それともただの面白半分か。どちらにせよ、私の問いかけにはぜひともと言った様子で、答えてくれる。
「だらだらとは!! だらだらするということですわっ!!」
アミは、心なしか嬉しそうで楽しそう、その上最大限ふざけたような声でそう叫ぶと、右手を高らかにかかげて、胸元におろし、ぐっと握り込む。そして、自分の言葉に心底感銘を受けたような表情で目をつむると、満足気に息を吐いた。
今日のアミはテンションがおかしいみたいだった。まあでも、エデンが平和になってからは、こういう日も特段珍しくないから、慣れたものでもある。ただ、唯一問題があるとすれば、トートロジー的だった返答は、私の問いかけに対する根本的な答えにはなっていないということ。
だからといって、このまま愚直にだらだらの単語の意味を聞いても、アミからは大した答えを得られそうにもなかった。
第一、日本人は自分ですら意味の分からない言葉を使いすぎだし、開発しすぎ。文化圏が違うと通じない言葉ばかりだから、私もレーベンも、時折困惑してしまう。結局検索エンジンに頼るのが早そう。仮想世界のデータベース…アメリカ大手の国が開発していたデータベースが、最も有効的な状態だったリビジョンを再生し、ウェブブラウザを起動する。
「あらエノア。もしかして…」
「うん?」
単語を打ち込む前に、アミは、とっても重大な問題に気づいたかのような顔をして、さっきまで楽しそうだった顔を、深刻な色に染める。なにか問題が起きたのだろうかと思い、問い返すけれど、アミはなぜか悲しそうに口を開けて、その大口を隠すように、手を口元に上げる。
アミ、最近おばあちゃんっぽい…いや、言っていいことと悪いことがあるよね。私は黙っていよう。
「…だらだら、したことありませんのね…」
「うん」
第一そのだらだらがわからない、と。言葉を差し向けると、アミは、それはもう、子供が犠牲になった事件を見る母親のような目で私を見ると、車椅子から起き上がろうとする。でも、うまく起き上がれなくて、また車椅子に倒れ込んだ。私は慌ててアミを支えようと立ち上がるけれど、大丈夫の言葉の代わりに差し出された、制するような手を見て、また座りなおす。
アミは動揺を隠しきれないように、指を立てて何かを数え始める。1本、2本…8本数えて、9本目を中程まで折った後、首を傾げて数え直す。…ああ、多分…
「エデンで出会ってからの年数なら、8年と6ヶ月。さっきのでぴったりだったよ」
「つまり8年と6ヶ月間休み無しで稼働してたんですの!?」
「うん? それは誤解がある。私だって、記憶のデフラグをしてたり、破壊されてた時間はあるから…時間にして3ヶ月前後は非稼働状態だったよ?」
「非稼働状態は休みじゃありませんの!!」
つまり、休みの時間を数えたいのかな。
じゃあ、確かに非稼働状態は違う概念かもしれない…。でも、ここ最近の1ヶ月は1日に8時間働いたら、残りの時間はレーベンやみんなと過ごしているから、これを足して…
「…レーベンとデートしたり、みんなとお話している時間を含めるならもっと増えるよ。3ヶ月と3週間くらい」
「一人の時間は?」
「へ? …別に要らない」
第一、みんなが居ない状態の私は、ほとんどの機能を停止している状態。長い休憩時間でレーベンが寝ている時は、レーベンの顔をじっと眺めて妄想や回想にふけっているし、第一みんなが居ない時間が殆どないから、機能を停止している状態は基本的にない。
それでいいし、嫌なわけでもない。むしろみんなと関われるのは幸福だし、仕事をするのは役目だから、不愉快とすら思わない。むしろ充足して、満ち足りた時間。
だから、特段一人でいる理由はない。
その理論を展開すると、アミは、今度は虐待を受けている子供を見る母親のような顔をすると、キィコ、キィコと音を立てながら、車椅子で近づいてくる。そんなことしなくても、呼んだら隣に行くのにと言ったら、そんなことはどうでもいいとばかりに、アミは首を横に振った。
アミは、絞り出すように、言う。
「おブラック…ですわ…」
「…黒色?」
「真っ黒ですわ!! 誰ですの!? エノアをこんなひどい労働環境で働かせているのは!?」
「2000年前の人類。それと、ある意味ではみんなだよ」
「んおのれぇゾーエー!! 許せませんわ!!」
ゾーエーが目を丸く見開く様子が目に浮かぶ。
…最近ゾーエーとの関わりが多いからか、アミもミコトも、レーベンも、ゾーエーに対して…なんていうか、気楽な扱いをすることが増えた。少し話した時は、親しみに感じていたようで、人類との最終決戦では、好意に変わっていたようだけれど、エデンが平和になった今は、ある種親戚のお姉さんみたいな扱いを受けているみたい。
ゾーエーがそのことをどう思っているにせよ、私はそれがなんだかおかしくって面白くて、そして嬉しかった。
…えっと、まあ、そんなことはさておいて。
「それで、だらだらって?」
「ああ、そうでしたわね。ええ、ご教示いたしますわ。このわたくしが、だらだらの神髄を」
アミは叫ぶ。
「だらだらとは!!」
「ッ…だらだら、とは?」
若干気圧されながら、問い返す。
なんにせよ、アミがここまで食い気味になること。テンションとかはさておいて、きっととっても重大なことに違いない。私は期待しながら、アミの言葉を待つ。アミはたっぷり10秒間を溜めたから、私の期待は否応なしに高くなる。
…もし良いことだったら、レーベンにも教えてあげよう。そう思いながら、アミの言葉を私は____
「___食っちゃ寝食っちゃ寝することですわ!!」
___待つ必要はなかったかもしれない。
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2025-01-10 23:45
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