ぬくもり
パチパチと薪のはぜる音。暖炉の暖かな熱気。そして――
「はぁ……」
……姉さんのため息。
さっきから姉さんは、うぅ、とか、まいったなぁ、とか、不安すぎる、とか。なんだかすごくネガティブです。
ここは北の国の宿場町、その一角にある診療所です。昼間に雪の反射光で目を傷めてしまったわたしはその場で応急処置として目隠しをされ、そのまま姉さんに手を引かれてここまで連れてきてもらいました。
治癒術士さんに診察と治療を受けたわたしはいま、なにも見ることができません。両の目の上には光が入らないように当て布が置かれ、その上から包帯が厚く巻かれています。なので、いまのわたしにはほんのわずかな光さえ感じることができません。
そして、それは姉さんも同じです。考えてみれば、わたしが雪の反射光で雪目になってしまったのに姉さんだけが平気なわけはなかったのです。なのに、姉さんはわたしに応急処置で目隠しをした後、自分はそのまま、雪の反射光をずっと目に浴びながらここまでわたしを連れてきてくれたのです。
それなのに、姉さんは最初は治療を受けることを嫌がって。自分まで治療を受けて盲目状態になったら誰が妹の面倒を見るのかとかなんとか。もぅ、わたしのことを子供扱いしすぎです。
「心配しなくてもだいじょうぶですよ。宿屋の主人は信頼できる人ですから安心して逗留していくとよいでしょう。それに、明日になれば妹さんの包帯は取れますから、頼りにできるじゃないですか」
治癒術士さんが説得してくれて姉さんはようやく治療を受け入れてくれました。
そうです、わたしは目の包帯が取れるまで24時間必要なのですが、姉さんは倍の48時間と言われてました。それだけ、姉さんの方が症状が重いということです。わたしは朝からお昼頃まで雪の反射光を目に浴びていたのに対し、姉さんは朝から夕方までずっとだったわけですから無理もありません。
いま、治癒術士さんは診療所の後片付けをしているようです。それが終わったらわたしたちを宿屋さんまで連れて行ってくれるみたいです。宿屋さんはこの診療所のすぐ向かい側にあるとのことですが、なにも見えないいまのわたしと姉さんではその道のりすら危ういです。ですから、親切な治癒術士さんには本当に感謝です。
でも、明日になって包帯が取れれば――そうなれば、わたしが姉さんを助けてあげることができます! いつも姉さんに助けてもらってばかりのわたしですが、わたしだってちゃんと姉さんの役に立てるということを見せて――あれ? 姉さんは目が見えないのに見せてあげるってヘンですね。まあとにかく、わたしだってちゃんとできるということを証明するまたとない機会です!
「……なんだかずいぶんと機嫌が良さそうね」
姉さんがぼそりと呟きました――あれ? なんでわかったのでしょう?
「なに? 明日になったらわたしが姉さんをお世話してあげる、とか思っているんでしょ」
「えっと……不安?」
「それは……こんな、なにも見えない状態なんて不安にもなるわよ……ああもぅ、なにかあったら……」
「だいじょうぶだよ姉さん。わたしだって最初はやっぱり怖かったけどそのうち慣れてくるし、それに、明日になればわたしが姉さんのことちゃんと助けてあげるから」
「もう……小さいくせに生意気な」
と、なにかが肩のあたりに触れました。なんでしょう――姉さんの手?
「あれ――これ、どのあたり?」
「肩だけど」
「あら、じゃあこの辺かしら」
ぽんぽん、と今度は頭を撫でられる感触がしました。
「思ったよりは大きくなっているのね」
むぅ……姉さんのイメージではわたしはだいぶ小さいようです。たしかに、実際わたしは背が低いですが。
クスッと、姉さんが小さく笑ったような、そんな気配がしました。
「まあ……明日は頼りにしてるわよ」
「もちろん、任せて!」
パチパチと薪のはぜる音がします。
今日は大変な1日でした。わたしも姉さんも目を傷めてなにも見えない状態になってしまって――でも――
1日の最後を、暖かな場所で、姉さんと一緒にいられる。それだけで、わたしは十分に満足です。
=====
前話⇒illust/131270148
「はぁ……」
……姉さんのため息。
さっきから姉さんは、うぅ、とか、まいったなぁ、とか、不安すぎる、とか。なんだかすごくネガティブです。
ここは北の国の宿場町、その一角にある診療所です。昼間に雪の反射光で目を傷めてしまったわたしはその場で応急処置として目隠しをされ、そのまま姉さんに手を引かれてここまで連れてきてもらいました。
治癒術士さんに診察と治療を受けたわたしはいま、なにも見ることができません。両の目の上には光が入らないように当て布が置かれ、その上から包帯が厚く巻かれています。なので、いまのわたしにはほんのわずかな光さえ感じることができません。
そして、それは姉さんも同じです。考えてみれば、わたしが雪の反射光で雪目になってしまったのに姉さんだけが平気なわけはなかったのです。なのに、姉さんはわたしに応急処置で目隠しをした後、自分はそのまま、雪の反射光をずっと目に浴びながらここまでわたしを連れてきてくれたのです。
それなのに、姉さんは最初は治療を受けることを嫌がって。自分まで治療を受けて盲目状態になったら誰が妹の面倒を見るのかとかなんとか。もぅ、わたしのことを子供扱いしすぎです。
「心配しなくてもだいじょうぶですよ。宿屋の主人は信頼できる人ですから安心して逗留していくとよいでしょう。それに、明日になれば妹さんの包帯は取れますから、頼りにできるじゃないですか」
治癒術士さんが説得してくれて姉さんはようやく治療を受け入れてくれました。
そうです、わたしは目の包帯が取れるまで24時間必要なのですが、姉さんは倍の48時間と言われてました。それだけ、姉さんの方が症状が重いということです。わたしは朝からお昼頃まで雪の反射光を目に浴びていたのに対し、姉さんは朝から夕方までずっとだったわけですから無理もありません。
いま、治癒術士さんは診療所の後片付けをしているようです。それが終わったらわたしたちを宿屋さんまで連れて行ってくれるみたいです。宿屋さんはこの診療所のすぐ向かい側にあるとのことですが、なにも見えないいまのわたしと姉さんではその道のりすら危ういです。ですから、親切な治癒術士さんには本当に感謝です。
でも、明日になって包帯が取れれば――そうなれば、わたしが姉さんを助けてあげることができます! いつも姉さんに助けてもらってばかりのわたしですが、わたしだってちゃんと姉さんの役に立てるということを見せて――あれ? 姉さんは目が見えないのに見せてあげるってヘンですね。まあとにかく、わたしだってちゃんとできるということを証明するまたとない機会です!
「……なんだかずいぶんと機嫌が良さそうね」
姉さんがぼそりと呟きました――あれ? なんでわかったのでしょう?
「なに? 明日になったらわたしが姉さんをお世話してあげる、とか思っているんでしょ」
「えっと……不安?」
「それは……こんな、なにも見えない状態なんて不安にもなるわよ……ああもぅ、なにかあったら……」
「だいじょうぶだよ姉さん。わたしだって最初はやっぱり怖かったけどそのうち慣れてくるし、それに、明日になればわたしが姉さんのことちゃんと助けてあげるから」
「もう……小さいくせに生意気な」
と、なにかが肩のあたりに触れました。なんでしょう――姉さんの手?
「あれ――これ、どのあたり?」
「肩だけど」
「あら、じゃあこの辺かしら」
ぽんぽん、と今度は頭を撫でられる感触がしました。
「思ったよりは大きくなっているのね」
むぅ……姉さんのイメージではわたしはだいぶ小さいようです。たしかに、実際わたしは背が低いですが。
クスッと、姉さんが小さく笑ったような、そんな気配がしました。
「まあ……明日は頼りにしてるわよ」
「もちろん、任せて!」
パチパチと薪のはぜる音がします。
今日は大変な1日でした。わたしも姉さんも目を傷めてなにも見えない状態になってしまって――でも――
1日の最後を、暖かな場所で、姉さんと一緒にいられる。それだけで、わたしは十分に満足です。
=====
前話⇒illust/131270148
12
13
517
2025-06-13 08:09
Comments (3)
姉妹の身長差に驚きましたが、背丈の成長具合を見誤るやり取りが微笑ましいです お世話を奮闘する妹と、弱気になる姉の続編も楽しみです 眼を傷める盲目状態がより長引く状態に不安がる娘のシチュエーションも想像すると萌えます
View Replies