巡る季節に引いた境界線
エプロンが似合う少女が目の前にいる。肩のあたりの不必要なヒラヒラが演出している可愛らしさに、異性との接点無く育ち思春期を迎えてしまった僕はくらくらときてしまった。「か、か、か」可愛いね、そう言おうと思ったけれども、長らく人と喋っていないのでとっさに声が出てこない。「かっ、か」「・・・閣下?」あどけなさの残る大きな瞳、上目遣いで首を少し傾け、いたずらっぽく、微笑んできた。「・・・うん、閣下」僕は冗談を言うタイプではないけれど、ここはノっておくべきだと本能的に頷いてしまった。今思えばこの受け答えこそが、僕が「狭間」の住民となるに至った出発点だったんだ。「閣下!?何閣下?」真面目そうな僕の予想外の返事に少女は興奮したようだ。「まさか、デーモン閣下!?ねえ君、いえ、あなた、デーモン閣下でいらっしゃるんですか!?」「ち、ちがう」僕はそんな立派な閣下じゃないんだ。僕なんて・・・「ダエモン閣下」「ダエモン閣下・・・?」「メーラー・ダエモン閣下だよ。昔の友達に送ったメールが全て帰ってくる、哀しみの閣下なんだ」言い終わるか終わらないかのうちに、少女の様相が変わった。少し大人びた表情になり、落ち着いた声で、膝をついて僕の手を取った。「お待ちしておりました。ダエモン閣下」「・・・え?」「私はオメガ子と申します。閣下がこれまでに送った、宛先不明に付き届かなかったメールを、ここ季節のはざまで大切に保管しておりました」異常気象のせいで、春と秋が地球から姿を消して久しい。暑い夏と寒い冬、急激な切り替わりの際に生ずる次元のはざまで、少女は長きに渡って、主の僕を待っていたというのだ。「ああ、これもこれも・・・僕が昔送ったメールの文章じゃないか!」『アドレス変更しました。登録お願いします』『アドレス変更しました。登録お願いします』『アドレス変更しました。登録お願いします』『アドレス変更しました。登録お願いします』四方八方に広がる、行き場を無くした僕のメッセージたち。「この子達は救われる日を、待っていました。もう一度日の目を見れる日を、夢見ていました。夏と冬のはざまに長く居るということは常に季節の変わり目に身を置いているということ・・・そう、風邪っぴきの苦しみの中で!待っていました!あなたのお帰りを!」・・・ぼ、僕に・・・僕に、君たちを、救えというのか?この寄る辺なき僕が!?「ダエモン閣下!」
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2010-10-15 00:41
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