4月18日
1943年4月18日 ソロモン諸島ブーゲンビル島上空にて戦死。
山本五十六は連合艦隊司令長官のイメージが強いですが、海軍次官として命を狙われながらも三国同盟に反対し続けた姿こそ、山本五十六らしい姿ではなかったかと思うのです。
山本五十六は尊敬すれど、小生は断然、大艦巨砲主義!男の浪漫です!7行目の「よ」は「と」です。打ち間違いすいません。
山本五十六は連合艦隊司令長官のイメージが強いですが、海軍次官として命を狙われながらも三国同盟に反対し続けた姿こそ、山本五十六らしい姿ではなかったかと思うのです。
山本五十六は尊敬すれど、小生は断然、大艦巨砲主義!男の浪漫です!7行目の「よ」は「と」です。打ち間違いすいません。
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2011-04-18 18:10
Comments (4)
山本五十六の書いた書の中に、国大なりと雖も戦を好めば必ず滅ぶ、天下安らかなりと雖も戦を忘れれば必ず危うし、という中国の古典だったかの言葉がありますが、これこそ山本五十六の気持ちだったと思うのです。
座丸さん、コメントありがとうございます!山本五十六は真珠湾攻撃の立案者というのが有名ですが1936年からの海軍次官時代をなくして語れません。山本五十六の尽力もあって三国同盟締結は一度は阻止されます。その辺りを学ばれるのも面白いかと思います。
今度、勉強し直してきますm(__)m
なるほど、「命を狙われつつも、頑として曲げぬ信念」ですね!! 私個人も良い意味で見習わなければなりません!! 祖父にも五十六様の話しは聞いておりました!! このような歴史の中から学ぶべき点は色々とありそうです。