セーガン◇マイピクさん募集中
しゅーにゃんさん> 漫画を読んでる間、そのキャラクタが「生きている」と認識できるのは、人間の大脳皮質が行う殆どマジカルな現象で、解明はされないと思います残念ながら
「発見」してるんじゃないか、ってアイデアを持ちたくなる自分がいます。一方で、その辺をワザとストーリーを動かす記号として脱臼し、メタ的な客観視点で扱う方法を「エイプリル変換(四月馬鹿が由来)」とか呼ぶことにしてます。
絵画が何からのイメージであるのと同じで、キャラクターも、創作で描かれるまでは見つかって無くて、つまり作者が「創作する」というかたちでじつはキャラのいる世界を
市松けい@千里の道も一歩からさん> キャラクターをストーリを動かすための記号として扱うやり方と、己の分身のように描く—二種類の方法があり、その時々で使い分けていくものだと思います
キャラクターは描き手の子供であり、代理人であり、『義体』でもあると度々思います。「キャスト」として物語の構成要素として見る事も有れば、「うちの子」のような客観視点で見る事もあり、時には自分の「作中での体」としてシンクロしてしまう事もあるような。
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しゅーにゃんさん> 漫画を読んでる間、そのキャラクタが「生きている」と認識できるのは、人間の大脳皮質が行う殆どマジカルな現象で、解明はされないと思います残念ながら
「発見」してるんじゃないか、ってアイデアを持ちたくなる自分がいます。一方で、その辺をワザとストーリーを動かす記号として脱臼し、メタ的な客観視点で扱う方法を「エイプリル変換(四月馬鹿が由来)」とか呼ぶことにしてます。
絵画が何からのイメージであるのと同じで、キャラクターも、創作で描かれるまでは見つかって無くて、つまり作者が「創作する」というかたちでじつはキャラのいる世界を
市松けい@千里の道も一歩からさん> キャラクターをストーリを動かすための記号として扱うやり方と、己の分身のように描く—二種類の方法があり、その時々で使い分けていくものだと思います
キャラクターは描き手の子供であり、代理人であり、『義体』でもあると度々思います。「キャスト」として物語の構成要素として見る事も有れば、「うちの子」のような客観視点で見る事もあり、時には自分の「作中での体」としてシンクロしてしまう事もあるような。
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