昔雪

シモとアキは食料調達のために獲物を探して歩いていた

アキは仲間の遺品の銃を渡されて得意になっていたが　その意味を知り愕然とする

「そうなんだ・・自決するために短銃を持つんだね・・やっとユーティライネン隊長が言ってた意味がわかったよ」アキは銃を懐にしまいながら　顔を伏せた

「スナイパーは作戦上重要な任務を任されることが多い　それゆえ敵に捕まれば　軍事機密を吐かされるために拷問される　拷問は想像を絶する・・あらゆる責め苦を与えられ、最後には自分で死ぬこともできなくなる・・だから　捕まったら最後と思い、自決の道を取るのだ　自分の部隊を守るためにもな　アジアの東の島国の民族には『死して捕虜の辱めを受けず』という言葉があるそうだ　自分の国を守るために命は時には羽毛のごとき軽いものとなる　それは悲観しての自殺ではない　崇高なる目的のために殉じるのだ　それくらいの心構えがなくては・・人を殺せないぞ」

「・・・」

まだ子供のアキには　こういう話は残酷すぎただろうか？

いや　知っておくべきことは教えておくべきだとシモは思った

なぜなら　今は戦争中なのだから

「・・・そうだね　わかったよ！ありがとう！シモ」

意外にもアキは明るく言った　しかし、それは強がりだとわかったが

シモは何も言わなかった　シモは自分のことだけで精一杯なのだ

だが　もし、万が一アキが敵の手に落ちたら・・・

そのときは見捨てることもしなければならない　考えたくはないが

一思いに自分の手で息の根を止めることも

「ねえ」

突然話しかけられて少し動揺したが　シモの表情はマフラーに隠れてわからない　防寒用にもこんな使い道があることを今知った

「前から聞きたかったんだ　どうして　シモは僕を弟子にしてくれたの？」

「・・・」

「ごめん　何だか気になってさ　だって　シモみたいな凄腕のスナイパーがまさか僕を弟子にしてくれるなんてさ　気に触ったらごめん　でも聞いておきたいんだ」

「・・・・私は自分が強いとは思っていない　臆病だからだ　だから殺される前に殺す・・それだけだ　私はお前が強く生きたいと思う気持ちをくんだまで　お前も生き残りたいなら　そうしろ　できなければ・・・自分で始末をつけるんだな」

シモは最後の言葉はなぜか搾り出すように言った

「そっか・・僕は　カトリをソ連兵に殺されて　仇を討ちたいと思った　一人でもソ連兵を殺せればそれでいいと思った」

「・・・」

「でも今は違うよ　シモがいるし、部隊のみんながいる　みんな僕の新しい家族だと思ってる　だから　もし、戦争が終わったら　みんなと一緒に暮らしたいな・・・えへへ　ダメかな？ねえ　シモはそのときはどうするの？」

「・・・そうだな　猟犬でも育てる仕事をするか」

「へえ　犬が好きなんだ　意外だね！」

「・・・」

「後さ、シモはどうして兵士になろうと思ったの？こう言っちゃ本当に悪いと思うんだけど・・女の人なのに・・」

その言葉にシモに衝撃が走った

在りし日の記憶の扉が開こうとしている

あたり一面に立ち込める血の匂い、硝煙、暗闇、そして・・・語りかける死者

「・・・シモ！？」

シモの様子に異変を感じ取ったのか　アキが心配そうに聞いた

「・・・別に今語る必要はない　時が来れば　語るときがくるさ」

その言葉がどうして口から自然と出たのかは　そのときのシモはわからなかった

アキはもうこれ以上聞くのは野暮だと思い　それ以上の詮索はしなかった

その様子を遠くからスコープで見ていたのは・・ソ連の『赤い魔女』　グラーチャだった

「あらあら　かわいいお弟子さんだこと　どうやらあのボウヤは『白い魔女』にとっても特別な存在みたいね　明らかに雰囲気が変わった　これはいいウィークポイントを見つけたわ　さあ　まずはあのボウヤをエサにおびき出すとしましょうか　うふふ・・『白い魔女』といってもしょせんは女　甘いわね　他人は徹底的に利用するものなのよ　そうでなくちゃ生き残れないわよ　戦争だけじゃなく世の中もね」