甘くて、苦くて、温かくて。
この季節が来るたびに、チョコレートのためなんかに、などと思ってしまう。
なぜ、あの、苦くて、甘い、小さな物体のために、振り回されなければならないのか。
この仕事中毒な閻魔大王第一補佐官は、二月の獄卒たちの仕事のできが悪いことに、今さらながら業を煮やす。この甘い行事が、今のイライラの種。
昨年のカカオ豆投げ大会をのとき、予想外だったのが、綺麗に包まれた大量のチョコが女性獄卒たちから自分へ投げ込まれたことであった。このような形で、人に物をもらうのは初めてのこと。
持ち帰ったチョコレートの大半は、よだれをたらして待ち構えていた座敷童子たちにあげてしまった。残った何粒かの味は、わずかな感慨しか持てなかったこと以外、思い出せない。
甘くて、苦い。苦々しい。
誰かに好意や感謝の証しとしてモノをあげるという発想が、鬼灯にはなかった。人との関係をモノで測るくらいなら、言葉や拳で直接伝えるべきじゃないか。まどろっこしい。
「別に、普段仕事で付き合いが深い人にやったらいいじゃん?友チョコなんてのもあるわけだし」
赤提灯の下で、烏頭と蓬はラーメンをすする。
「それこそ賄賂ととられかねないじゃないですか」
熱燗の猪口をグイッとあおる。
「だったら閻魔大王とか新卒ちゃんたちに、日ごろの感謝ってことであげろよ。ついでに俺もチョコ食いたい」
「あなたはその隙にお香さんにでもあげる気でしょう」
烏頭は顔を真っ赤にしてバッとこちらを見た。
「ば、ばかっ!そんなんじゃねえ!」
「図星ですね」
「……そうやって人の関係には口ツッコむくせに自分から何もしないの、ずりぃぞ!」
烏頭の言葉に一瞬固まった。
「……どうした?」
「いえ……」
痛い所を突かれたものだ。
自室のベッドに横になる。あの時「人を弄るのが楽しいんですよ」とでも言って「悪趣味!」とか返されていればそれで済んだかもしれない。でも、友人の何気ない一言が刺さった。
自分の気持ちを、人に伝えるのを避けている。
自分の気持ちを言葉で伝えられない時に、プレゼントはそれを間接的に伝えるツールだということも、知っている。
でも、使えない。使われることも苦手だ。
久しぶりに、あの夢を見た。
暗い道の両脇に並ぶ松明。鳴り響く鈴の音。白い着物を自分に纏わせる女官。その幼い子どものために用意された祭壇。その命を奪うために手渡された、その―――
「―――ずき、おい、鬼灯ッ!」
乱暴に肩を揺すられて、目覚めた。
頭がぼーっとする。だんだん、部屋に烏頭と蓬がいることが分かる。
「どうしてここに?」
「さっきの店に荷物忘れて、届けようと思ってきたら、居眠りしたまま、うなされてたから……」
最悪な現場を見られてしまった。
「……なぁお前、俺たちに最初に会った時のあれ、白装束だろ」
ハッと顔を上げる。烏頭はいつになく真剣な顔。
「詮索するつもりはなかったんだけど。茄子くんから聞いたんだ、お前の、詳しいこと。お前がみなしごで生贄だったってこと以外、何も知らないから」
何も言えない。
「ホント、こっから話すこと全部予想なんだけどよ、いいか?……お前の今日の態度見て思ったんだ。お前にとって人にものあげたりもらったりすることに、いい思い出、ないんだろ」
ああ、本当に、バカのくせに、頭だけは切れる男だ。だから技術課で開発なんかしてられるのだろうが。
「あなたのそういうところ、変わりませんね」
「な、何だよ気持ち悪い」
「褒めたつもりですが?」
「……じゃ、俺の言ったこと、図星か?」
「ええ」
二人に向き直る。
「みなしごでよそ者の私には、教育ではなく労働が与えられた。親のいる大事な子どもたちの代わりに、生け贄の仕事が与えられた。死に臨むために、白装束が渡された。死に場所として、祭壇が用意された。自ら命を絶つために、毒杯が渡された。それに報いるために、私は彼らに制裁を与えた。亡者どもの罪の対価に、地獄の苦しみを与えた。後輩たちの指導には、厳しく、鞭をもっておこなった。私は、ずっとこうです」
鬼灯にとっての贈り物。それは、負のメッセージを伴うもの。純粋な好意でもらったものですら、裏を勘ぐってしまう。それ以外の意味を込めることを知らない。
烏頭と蓬は、うつむく鬼灯の肩を、ぽんぽんと叩く。
「もっと力抜いて、楽になれよ。お前、ちゃんと、みんなにプレゼントあげてるし、もらってんだから」
私が?
「そうだよ。まず、閻魔大王。大王がお前に名前付けなかったら、今でも俺たちはお前のこと丁って呼んでたんだぞ。んで、俺たちは、お前がいるおかげで、いつだって安心して地獄で働ける。厳しい指導だって、獄卒の皆が将来きちんと糧にできるように、お前がくれてる贈り物だってわかってるさ。それに亡者の呵責は獄卒の義務だし。お前が思ってるほど、人のために自分の何かをあげることは悪いことじゃないぜ。だから、人に気持ちを伝えるために、贈り物するのに、お前がためらう理由なんて、どこにもないんだよ」
***
いよいよその日がやってきた。獄卒たちはそわそわと落ち着かない。やはりこれでは仕事にならないので、手を打たねばなるまい。閻魔大王のかたわらで、拡声器を取った。
『えー、皆さん、突然ですが、今から部署別対抗チョコレート手作り大会を行います。審査員は、自分が普段世話になっている上司や同僚です』
は?という空気が一瞬で満ちる。
「あいつ、いっつも方向性おかしいよな」
居合わせた烏頭と蓬が苦笑いする。調理道具が大量に閻魔殿に運ばれてきて、混乱のまま大会に突入。たちまち会場がチョコの甘い香りに包まれた。そして、できあがった班から順にチョコレートのお相手争奪戦になった。
「すごいねぇ、鬼灯くん!これ、君が考えたの?」
閻魔大王が言う。「ええ」とだけ答えた。
「美味しそうだねぇ、これ食べていい?」
閻魔大王の手をぴしゃりと叩いた。
「これはダメです」
「そんなぁ……」
「閻魔大王にはこちらを」
「……え?」
差し出された小さな包みをまじまじと見ている。
「いつもお世話になっているヘボ大王に心ばかりの贈り物です」
「ヘボって、わざわざここで言わなくても!(泣)」
「あっじゃあいらないんですね」
「あっ、違う!いる!いるよ!」
「……仕方ないですね、どうぞ」
閻魔大王は嬉しそうに包みを開け、小さなチョコレートを頬張る。
「んっ、なにこれ、すごく美味しい!え、これどうやって作ったの!?こないだ買ったゴディバのチョコよりすごい口どけ!」
「食べ物は静かに食べなさい!」
「ごふッ!」
やっぱり、こんなやり取りしかできない。あとからやってきた茄子や唐瓜、お香、座敷童子たちにもチョコをはい、と手渡しながら、心の中で悪態をつく。
「これ、ほんとにもらっていいんですか!?」
唐瓜が目を丸くする。茄子は聞く前にもう口いっぱいにほおばっている。「お前なぁ!」とあきれる声と「これうめぇ!」と無邪気に喜ぶ声。口に入れた瞬間にこぼれる笑顔。
いつも、ありがとうございます。大切なもの、楽しい時間を、たくさんくれる、みなさんに、心ばかりの贈りものです。
口には出せないメッセージは、その小さな菓子と同じくらい、ほろ苦くて甘かった。
なぜ、あの、苦くて、甘い、小さな物体のために、振り回されなければならないのか。
この仕事中毒な閻魔大王第一補佐官は、二月の獄卒たちの仕事のできが悪いことに、今さらながら業を煮やす。この甘い行事が、今のイライラの種。
昨年のカカオ豆投げ大会をのとき、予想外だったのが、綺麗に包まれた大量のチョコが女性獄卒たちから自分へ投げ込まれたことであった。このような形で、人に物をもらうのは初めてのこと。
持ち帰ったチョコレートの大半は、よだれをたらして待ち構えていた座敷童子たちにあげてしまった。残った何粒かの味は、わずかな感慨しか持てなかったこと以外、思い出せない。
甘くて、苦い。苦々しい。
誰かに好意や感謝の証しとしてモノをあげるという発想が、鬼灯にはなかった。人との関係をモノで測るくらいなら、言葉や拳で直接伝えるべきじゃないか。まどろっこしい。
「別に、普段仕事で付き合いが深い人にやったらいいじゃん?友チョコなんてのもあるわけだし」
赤提灯の下で、烏頭と蓬はラーメンをすする。
「それこそ賄賂ととられかねないじゃないですか」
熱燗の猪口をグイッとあおる。
「だったら閻魔大王とか新卒ちゃんたちに、日ごろの感謝ってことであげろよ。ついでに俺もチョコ食いたい」
「あなたはその隙にお香さんにでもあげる気でしょう」
烏頭は顔を真っ赤にしてバッとこちらを見た。
「ば、ばかっ!そんなんじゃねえ!」
「図星ですね」
「……そうやって人の関係には口ツッコむくせに自分から何もしないの、ずりぃぞ!」
烏頭の言葉に一瞬固まった。
「……どうした?」
「いえ……」
痛い所を突かれたものだ。
自室のベッドに横になる。あの時「人を弄るのが楽しいんですよ」とでも言って「悪趣味!」とか返されていればそれで済んだかもしれない。でも、友人の何気ない一言が刺さった。
自分の気持ちを、人に伝えるのを避けている。
自分の気持ちを言葉で伝えられない時に、プレゼントはそれを間接的に伝えるツールだということも、知っている。
でも、使えない。使われることも苦手だ。
久しぶりに、あの夢を見た。
暗い道の両脇に並ぶ松明。鳴り響く鈴の音。白い着物を自分に纏わせる女官。その幼い子どものために用意された祭壇。その命を奪うために手渡された、その―――
「―――ずき、おい、鬼灯ッ!」
乱暴に肩を揺すられて、目覚めた。
頭がぼーっとする。だんだん、部屋に烏頭と蓬がいることが分かる。
「どうしてここに?」
「さっきの店に荷物忘れて、届けようと思ってきたら、居眠りしたまま、うなされてたから……」
最悪な現場を見られてしまった。
「……なぁお前、俺たちに最初に会った時のあれ、白装束だろ」
ハッと顔を上げる。烏頭はいつになく真剣な顔。
「詮索するつもりはなかったんだけど。茄子くんから聞いたんだ、お前の、詳しいこと。お前がみなしごで生贄だったってこと以外、何も知らないから」
何も言えない。
「ホント、こっから話すこと全部予想なんだけどよ、いいか?……お前の今日の態度見て思ったんだ。お前にとって人にものあげたりもらったりすることに、いい思い出、ないんだろ」
ああ、本当に、バカのくせに、頭だけは切れる男だ。だから技術課で開発なんかしてられるのだろうが。
「あなたのそういうところ、変わりませんね」
「な、何だよ気持ち悪い」
「褒めたつもりですが?」
「……じゃ、俺の言ったこと、図星か?」
「ええ」
二人に向き直る。
「みなしごでよそ者の私には、教育ではなく労働が与えられた。親のいる大事な子どもたちの代わりに、生け贄の仕事が与えられた。死に臨むために、白装束が渡された。死に場所として、祭壇が用意された。自ら命を絶つために、毒杯が渡された。それに報いるために、私は彼らに制裁を与えた。亡者どもの罪の対価に、地獄の苦しみを与えた。後輩たちの指導には、厳しく、鞭をもっておこなった。私は、ずっとこうです」
鬼灯にとっての贈り物。それは、負のメッセージを伴うもの。純粋な好意でもらったものですら、裏を勘ぐってしまう。それ以外の意味を込めることを知らない。
烏頭と蓬は、うつむく鬼灯の肩を、ぽんぽんと叩く。
「もっと力抜いて、楽になれよ。お前、ちゃんと、みんなにプレゼントあげてるし、もらってんだから」
私が?
「そうだよ。まず、閻魔大王。大王がお前に名前付けなかったら、今でも俺たちはお前のこと丁って呼んでたんだぞ。んで、俺たちは、お前がいるおかげで、いつだって安心して地獄で働ける。厳しい指導だって、獄卒の皆が将来きちんと糧にできるように、お前がくれてる贈り物だってわかってるさ。それに亡者の呵責は獄卒の義務だし。お前が思ってるほど、人のために自分の何かをあげることは悪いことじゃないぜ。だから、人に気持ちを伝えるために、贈り物するのに、お前がためらう理由なんて、どこにもないんだよ」
***
いよいよその日がやってきた。獄卒たちはそわそわと落ち着かない。やはりこれでは仕事にならないので、手を打たねばなるまい。閻魔大王のかたわらで、拡声器を取った。
『えー、皆さん、突然ですが、今から部署別対抗チョコレート手作り大会を行います。審査員は、自分が普段世話になっている上司や同僚です』
は?という空気が一瞬で満ちる。
「あいつ、いっつも方向性おかしいよな」
居合わせた烏頭と蓬が苦笑いする。調理道具が大量に閻魔殿に運ばれてきて、混乱のまま大会に突入。たちまち会場がチョコの甘い香りに包まれた。そして、できあがった班から順にチョコレートのお相手争奪戦になった。
「すごいねぇ、鬼灯くん!これ、君が考えたの?」
閻魔大王が言う。「ええ」とだけ答えた。
「美味しそうだねぇ、これ食べていい?」
閻魔大王の手をぴしゃりと叩いた。
「これはダメです」
「そんなぁ……」
「閻魔大王にはこちらを」
「……え?」
差し出された小さな包みをまじまじと見ている。
「いつもお世話になっているヘボ大王に心ばかりの贈り物です」
「ヘボって、わざわざここで言わなくても!(泣)」
「あっじゃあいらないんですね」
「あっ、違う!いる!いるよ!」
「……仕方ないですね、どうぞ」
閻魔大王は嬉しそうに包みを開け、小さなチョコレートを頬張る。
「んっ、なにこれ、すごく美味しい!え、これどうやって作ったの!?こないだ買ったゴディバのチョコよりすごい口どけ!」
「食べ物は静かに食べなさい!」
「ごふッ!」
やっぱり、こんなやり取りしかできない。あとからやってきた茄子や唐瓜、お香、座敷童子たちにもチョコをはい、と手渡しながら、心の中で悪態をつく。
「これ、ほんとにもらっていいんですか!?」
唐瓜が目を丸くする。茄子は聞く前にもう口いっぱいにほおばっている。「お前なぁ!」とあきれる声と「これうめぇ!」と無邪気に喜ぶ声。口に入れた瞬間にこぼれる笑顔。
いつも、ありがとうございます。大切なもの、楽しい時間を、たくさんくれる、みなさんに、心ばかりの贈りものです。
口には出せないメッセージは、その小さな菓子と同じくらい、ほろ苦くて甘かった。
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2015-02-15 00:19
Comments (5)
素敵です。鬼灯さまの不器用さがまた!感動をありがとうございます( ´∀`)!絵が美しすぎます!
素敵な絵…と思ったら更に素敵なキャプションが…!とても暖かい話で思わず涙出ました…
素敵なお話に、思わずホロリとさせられました。 切なくて、でも暖かいです。