【PRWV】植物学者の執刀前夜【SG防】
「おねえさまがため息ついてましたよぉ。いったいぜんたいどうすれば『デート』の続きをこの『立て込んだ』『過密すぎる』スケジュールに組み込めるんでしょうって」
「コロニーレーザーじゃあロマンティックな夜景の代わりにもなりゃしねーしな………」
ギガ・シ・ミールの長大な廊下に、大きさの違う二種類の足音が響く。足音がカツン、と止まり、装甲機獣の発着場へ直結しているエレベーターのドアが音もなく開く。
「……知り合いか?」
ブルーベルがエレベーターの「閉」ボタンを押してから、自分の唇に人差し指を当てて首を振る。
「……まだ判断は付きかねてます。ご主人様いわく『少なくとも、僕が知る彼は、目的を知らされることなく使い捨てられる痛みと理不尽を、誰よりも理解していたはずだ』と」
愉快で陽気でおしゃべりな副官が、珍しく目を細めて『戦闘用アンドロイド』の顔になり、いつもの少し間延びした脳天気な口調ではない声で、呟いた。
「このブルーベル、残念ながらご主人様ほどお優しくはありませんので、ご主人様の代わりに『物理的差し入れ』を拳で送りつけて良いと判断します。うちのご主人様ときたらご存知の通り底抜けのお人好しですけど、立場は弁えてますもの。今は何を、誰を一番守るべきか。そうでないと、あの場所には立てないって、きっと誰よりもわかってます………」
これこそが異なるコミュニティの交差路に立つ者の宿命であり現実である。全てを受け止めることはできない。まして今の主の身体と立場では尚更のことである。そして、信頼というのは、どんなに長い時間をかけて丁寧に積み上げても、石の積み方一つで瞬時に崩壊してしまう。
『……崩壊すれば、積みなおしには一生かかることすらあります。寿命の長い種族には堪えるはず。しかもそれは、統率者には致命的なこと。組織というのは統率者の器より大きくはならない』
将軍閣下と語り合っていた自分の主がよく知る青年の愛機と、スルトガーディアンズの首謀者の機体は、よく似た信号を発しているらしい。しかし、かつて白く美しく完成されたはずの機体は、他の誰かが乗っていいものではなく、ましてや『誰かの「代行」などと名乗る愚かな男』とその一味が持っていて良いものではないはずだった。己だけの野心、闘争心、貪欲なまでに力を求めながら一人歩き続けていたかの青年が最後に手に入れたあの『白いキャンパス』は、本当に塗り替えられてしまったのだろうか。
「…………もしも本当に、そうだとしたら、ブルーベルとおねえさまとご主人様は『敵の首領の機体の機密保持者』です。ベルとの共有回線も今は切断中。向こうには諜報部隊もいます」
「アルベルトのやつ、毎度毎度、本当に面倒な奴らにばかりブチ当たりやがる………」
あれがかつてエーアガイツだったとすれば、その秘密に携わっているのも他ならぬ自分達である。それがスルトガーディアンズの首謀者の手に渡っているのは危険極まりない、と一同は早々に判断した。何事かが起きるよりも先に、急いでフォートレスにプラントガンナーを隠し(水上移動が可能になったばかりだったのが幸いした)、予定を前倒しし、立て篭もるように最奥部に移動したのが先日のことである。
「まあいい。ここは攻めこまれているのには慣れてるんでね。面倒な連中の頭を『治療』するにはうってつけだ」
比較的温厚とはいえ戦闘集団の医師達である。医療研究施設も兼ねる『病院』に押し寄せる敵を見て、
『診療予約もないのにご来院とはいい身分ですな!』
『で、どいつからかっさばけばいいんです? 』
『怪我人の搬送の邪魔です。とっとと「片付け」ておしまいなさい』
『客人用の解剖室と霊安室は開けておきましたぜ』
などと『対策』を練っている。
「俺らも過激派だしな。冷や飯食わされる側だ」
「うちだって経費決済下りなくて困ってますよぉ」
「アルテミスに近すぎるからだろーが。やっかみも多くなるぞ」
「頭上から要塞降ってきた時の苦労に比べたらどうってことないですよぉ。おかげさまで悪そうなやつは皆友達ですけど、こっちにも友達選ぶ権利はありますぅ」
「マデクトか」
手にしたメモに、分かる範囲での対応があれこれ書き綴られている。
『星団の名誉を回復するなどと主張する国家の一部の派閥と、それを壊す集団。根本的な行動原理が噛み合わないはず。レーザーコロニーが最新鋭ではないところを見ると、本格的な連携はまだなされていない様です。転送装置ですが、遺跡周囲の座標や地形のデータは先の大戦時に取得済み。プラントガンナーのデータを活用ください。マデクト本星の動きの詳細と保持機体詳細は、ルゼカ殿(id=46795256)にお伺いするのが最良でしょう。無論祖国のことだから配慮も欠かさずに。ランデル隊が護衛についているはず………』
思わず二人でため息を付く。葉脈のように人脈を確立し、己の体を張って築きあげた誼が惜しみなく『山吹色のお菓子』として周囲に還元される。ミールの医師達には既に
『まさにあれは毛細管現象ですな。『細いほう』がより吸い上げる』
などと評されているらしい。アルテミスの企業秘密を害さない配慮も、急激に平和路線にシフトした星団の名誉を傷つけない配慮もなされている。その証拠に、平穏無事を好むはずの学者の口から和平やら恭順やらという単語が出ることは決してなかった。骨折りに骨折りを重ねているのに、この2次侵攻である。戦いを決して好まないが、平穏無事かつ実り多い日々の為には戦いを厭わない植物学者も、既に肉体の限界値は大幅に超えていた。それでも、やっとのことで憧れの女性との邂逅も果たし、更には独自ではあるがアルテミス側との信頼も築いてきた矢先である。
「………このブルーベルのご主人様と家族とおうちとご友人一同まるっと一緒に潰す気なら、人脈・人望・技術力・武力をフルセット揃えてからにして頂かないと」
エレベーターの扉が開く。ありとあらゆる不安要素を押し退けるように、しょっちゅうお世話になっているこの巨大なゾーギガの鼻先に軽やかに駆け寄ってキスをしてやった。その後ろから、この装甲機獣に乗込んだ中尉が、いつもの様に口の端を釣り上げて笑う。
「学者先生ご一同の護衛を任せた。面倒な奴らは俺らに任せとけ」
「了解ですぅ! それと……『真琴様に』これを」
《スルトガーディアン首領の乗機に関する所見》
「………知りうる限りの、エーアガイツのデータです。お役立てください、と」
ブルーベルが手渡した一通の手紙の表書きを見て、中尉が目を細める。
「決意したのか」
どんな不測の事態に際しても冷静さを失わない軍人ではあっても、その素顔は『花を愛するお人好しの少年』である自分の主人には、身に堪える選択だったのだろう。敵とあらば須らく焼き尽くし、味方を決して見捨てず、間違っていれば長年の莫逆の友に拳を振るうことも厭わない戦闘集団の長に、思い切って相談し、決めたのである。
『一番相応しい者』へ託すことを。
「ただし、条件がひとつ。………それをもしも『使う』事態が起きたら『ユーグ・バーディガンおよびエーアガイツフェイズ3の返還』を要求してほしい。要求するだけで構わない。ただし星団准尉『植木屋』アルベルト・サトーの名において、です」
「コロニーレーザーじゃあロマンティックな夜景の代わりにもなりゃしねーしな………」
ギガ・シ・ミールの長大な廊下に、大きさの違う二種類の足音が響く。足音がカツン、と止まり、装甲機獣の発着場へ直結しているエレベーターのドアが音もなく開く。
「……知り合いか?」
ブルーベルがエレベーターの「閉」ボタンを押してから、自分の唇に人差し指を当てて首を振る。
「……まだ判断は付きかねてます。ご主人様いわく『少なくとも、僕が知る彼は、目的を知らされることなく使い捨てられる痛みと理不尽を、誰よりも理解していたはずだ』と」
愉快で陽気でおしゃべりな副官が、珍しく目を細めて『戦闘用アンドロイド』の顔になり、いつもの少し間延びした脳天気な口調ではない声で、呟いた。
「このブルーベル、残念ながらご主人様ほどお優しくはありませんので、ご主人様の代わりに『物理的差し入れ』を拳で送りつけて良いと判断します。うちのご主人様ときたらご存知の通り底抜けのお人好しですけど、立場は弁えてますもの。今は何を、誰を一番守るべきか。そうでないと、あの場所には立てないって、きっと誰よりもわかってます………」
これこそが異なるコミュニティの交差路に立つ者の宿命であり現実である。全てを受け止めることはできない。まして今の主の身体と立場では尚更のことである。そして、信頼というのは、どんなに長い時間をかけて丁寧に積み上げても、石の積み方一つで瞬時に崩壊してしまう。
『……崩壊すれば、積みなおしには一生かかることすらあります。寿命の長い種族には堪えるはず。しかもそれは、統率者には致命的なこと。組織というのは統率者の器より大きくはならない』
将軍閣下と語り合っていた自分の主がよく知る青年の愛機と、スルトガーディアンズの首謀者の機体は、よく似た信号を発しているらしい。しかし、かつて白く美しく完成されたはずの機体は、他の誰かが乗っていいものではなく、ましてや『誰かの「代行」などと名乗る愚かな男』とその一味が持っていて良いものではないはずだった。己だけの野心、闘争心、貪欲なまでに力を求めながら一人歩き続けていたかの青年が最後に手に入れたあの『白いキャンパス』は、本当に塗り替えられてしまったのだろうか。
「…………もしも本当に、そうだとしたら、ブルーベルとおねえさまとご主人様は『敵の首領の機体の機密保持者』です。ベルとの共有回線も今は切断中。向こうには諜報部隊もいます」
「アルベルトのやつ、毎度毎度、本当に面倒な奴らにばかりブチ当たりやがる………」
あれがかつてエーアガイツだったとすれば、その秘密に携わっているのも他ならぬ自分達である。それがスルトガーディアンズの首謀者の手に渡っているのは危険極まりない、と一同は早々に判断した。何事かが起きるよりも先に、急いでフォートレスにプラントガンナーを隠し(水上移動が可能になったばかりだったのが幸いした)、予定を前倒しし、立て篭もるように最奥部に移動したのが先日のことである。
「まあいい。ここは攻めこまれているのには慣れてるんでね。面倒な連中の頭を『治療』するにはうってつけだ」
比較的温厚とはいえ戦闘集団の医師達である。医療研究施設も兼ねる『病院』に押し寄せる敵を見て、
『診療予約もないのにご来院とはいい身分ですな!』
『で、どいつからかっさばけばいいんです? 』
『怪我人の搬送の邪魔です。とっとと「片付け」ておしまいなさい』
『客人用の解剖室と霊安室は開けておきましたぜ』
などと『対策』を練っている。
「俺らも過激派だしな。冷や飯食わされる側だ」
「うちだって経費決済下りなくて困ってますよぉ」
「アルテミスに近すぎるからだろーが。やっかみも多くなるぞ」
「頭上から要塞降ってきた時の苦労に比べたらどうってことないですよぉ。おかげさまで悪そうなやつは皆友達ですけど、こっちにも友達選ぶ権利はありますぅ」
「マデクトか」
手にしたメモに、分かる範囲での対応があれこれ書き綴られている。
『星団の名誉を回復するなどと主張する国家の一部の派閥と、それを壊す集団。根本的な行動原理が噛み合わないはず。レーザーコロニーが最新鋭ではないところを見ると、本格的な連携はまだなされていない様です。転送装置ですが、遺跡周囲の座標や地形のデータは先の大戦時に取得済み。プラントガンナーのデータを活用ください。マデクト本星の動きの詳細と保持機体詳細は、ルゼカ殿(id=46795256)にお伺いするのが最良でしょう。無論祖国のことだから配慮も欠かさずに。ランデル隊が護衛についているはず………』
思わず二人でため息を付く。葉脈のように人脈を確立し、己の体を張って築きあげた誼が惜しみなく『山吹色のお菓子』として周囲に還元される。ミールの医師達には既に
『まさにあれは毛細管現象ですな。『細いほう』がより吸い上げる』
などと評されているらしい。アルテミスの企業秘密を害さない配慮も、急激に平和路線にシフトした星団の名誉を傷つけない配慮もなされている。その証拠に、平穏無事を好むはずの学者の口から和平やら恭順やらという単語が出ることは決してなかった。骨折りに骨折りを重ねているのに、この2次侵攻である。戦いを決して好まないが、平穏無事かつ実り多い日々の為には戦いを厭わない植物学者も、既に肉体の限界値は大幅に超えていた。それでも、やっとのことで憧れの女性との邂逅も果たし、更には独自ではあるがアルテミス側との信頼も築いてきた矢先である。
「………このブルーベルのご主人様と家族とおうちとご友人一同まるっと一緒に潰す気なら、人脈・人望・技術力・武力をフルセット揃えてからにして頂かないと」
エレベーターの扉が開く。ありとあらゆる不安要素を押し退けるように、しょっちゅうお世話になっているこの巨大なゾーギガの鼻先に軽やかに駆け寄ってキスをしてやった。その後ろから、この装甲機獣に乗込んだ中尉が、いつもの様に口の端を釣り上げて笑う。
「学者先生ご一同の護衛を任せた。面倒な奴らは俺らに任せとけ」
「了解ですぅ! それと……『真琴様に』これを」
《スルトガーディアン首領の乗機に関する所見》
「………知りうる限りの、エーアガイツのデータです。お役立てください、と」
ブルーベルが手渡した一通の手紙の表書きを見て、中尉が目を細める。
「決意したのか」
どんな不測の事態に際しても冷静さを失わない軍人ではあっても、その素顔は『花を愛するお人好しの少年』である自分の主人には、身に堪える選択だったのだろう。敵とあらば須らく焼き尽くし、味方を決して見捨てず、間違っていれば長年の莫逆の友に拳を振るうことも厭わない戦闘集団の長に、思い切って相談し、決めたのである。
『一番相応しい者』へ託すことを。
「ただし、条件がひとつ。………それをもしも『使う』事態が起きたら『ユーグ・バーディガンおよびエーアガイツフェイズ3の返還』を要求してほしい。要求するだけで構わない。ただし星団准尉『植木屋』アルベルト・サトーの名において、です」
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2015-03-11 00:03
Comments (4)
マデクトの動きにまでふれていただきありがとうございます。
View Repliesどれだけ活かせるか不安もありますが、苦しい状況ではあるのでありがたく。まあ、今現在、こちらもかつての知己と刃を交えねばならないかもしれない状況に陥ってますが…
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