ルーツ 三話 予告編

本編→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6710475

「記録した住所の位置がここみたいだそうだ……間違いない。
ここが君のお父さんの実家だ」

「………………」

詩乃は鍵の掛かっていない戸を開き、詩乃と和人は篠塚家の邸宅の玄関で《誰かいないか》との旨を伝える。
外観は今は珍しくなった昭和前期辺りの和風の平屋で、二階は無いがかなり広い敷地があるような印象を持ち、詩乃は玄関口を開く。

鍵は掛かっておらず、玄関から左右に長く延びる廊下右手側から、香ばしい香りと共にはるばる東京から遠出によってもたらされた食欲を刺激する、食材の焼かれるような甲高い音が耳に響いた。

「良い匂い……この匂いは卵焼きかな?」

その卵焼きの香りと共に子供の時に祖父母の住まう家へと帰省した人間ならば一度は嗅いだことがあるだろう年配者独特の加齢臭の染み着いた玄関に、和人の厳しかった祖父の記憶を刺激する。

建物の奥からぺたぺたと足音が響き、二人の来訪を出迎えたのは、昔よき日本の母の姿の象徴とも言える割烹着姿のお婆さんだった。

「はいはい」

腰を深く折り曲げているため詩乃より一回り小さく感じるが、杖などの支えもない軽快な足取りから比較的元気な印象を受ける。

「ん~?」

頭髪に白髪の1本も見えないのは恐らく髪を染めているからだろうか。
眉間にシワを深く刻み、目を細めながら、見覚えの無い男女二人を訝しげな視線を向ける老婆に、和人の隣にいる詩乃がやや緊張気味に肩をこわばらせながら、恐る恐る口を開く。

「あ……あの……菊子……おばあちゃん?」

声が裏返えってしまいながらも、詩乃は母方の祖父から教えられた、父方の祖母の名前を口にすると、はっと老婆は明るい笑顔を浮かべた。

「まあまあっ、こらえらいこっちゃ!! あんた詩乃やんか、詩乃やなぁ!
あっ、そうかぁ……あんた東京からわざわざこないな遠いところまで!
そうか~、よう来たなぁ。
ここ来るまでどんくらい掛かったんや? 迷わんかったん?」

「……四時間くらいかな?
今は携帯で住所さえ打てばナビが初めての場所でも迷わず来れるように誘導してくれるから、比較的すぐにこられたよ」

「あっそう! 世の中知らんとこで偉い便利になったもんやなぁ……それで、そっちのボクはなんや?」

「ボク……ええと、初めまして菊子さん。僕は詩乃……さんの友人の桐ヶ谷和人と申します」

お辞儀をする和人の姿にぷっ、と隣で小さく吹き出して口を押さえている詩乃。

いつもはVRMMOでは年上のキャラでもため口を聞いている姿しか見ていなかった分、改まって敬語を使う和人に違和感を感じたようだ。
和人は若干気恥ずかしい気持ちになりながらも続ける。

「詩乃さんからお電話で、今日彼女と一緒にこちらに来る事を御連絡していたと思うんですけど……」

「おばあちゃん。この間こっちの家に《ゆーちゃん》がいた時に、その事も電話したはずなんだけど聞いてないかな?」

詩乃から新幹線で伺った限りの予備知識では、《ゆーちゃん》と呼んでいる人は従妹の百合香という人物の事らしく、大のコールド《寒冷》ジャンキー。

「あぁ~はいはい、確かゆーちゃんがそないな事ゆうとった気ぃするなぁ……まあええわ、とりあえず二人とも上がりなさい。
お腹空いとるやろう思うて丁度昼御飯作っとるところや」

二人は靴を脱いで、一段ある段差を上がろうとした矢先、菊子は眉間に皺を寄せて和人を見る。

「あんた!」

一喝。

突発的状況化下での対応力はSAO時代から綿密に培われ、数多のVRMMOでもそれをいかんなく発揮していた和人ではあるが、ことリアルでのスキルの熟練度はまだ発展途上という所である。

流石に和人も突如一喝されるような不祥事をいつのまにか犯しているような覚えもなかった為、恐る恐る菊子に質問する。

「あの……何か俺、しましたか?」

「靴!」

びしっと祖母はこの間直葉と一緒市内で買いにいったランニングシューズを指差した。

脱ぎ捨てた靴は爪先側が家の内部側に向いており、右足の一足が倒れている。

「あんたもう子どもやないんやから、そのくらい言われんでもしなさい!」

「は、はい! すいません!」

和人はいそいそと自分の靴を二足綺麗に並べ直し、詩乃はその後ろで笑いを堪えていた。

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2016-04-27 21:49

 アルマ


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