【ウソ電】国鉄581・583系 新製A寝台車連結バージョン
581系の登場当初、1~3号車はクハネ+サハネ+サハネとモーターのない車両が3両連続でつながるという異例の編成を組んでいました。実はこれ、昼行時だけ1・2号車をクロ+サロにつなぎ替えられるようにするための準備だったといわれています。
運用効率化という581系のコンセプトに矛盾するかのような構想ですが、昼夜両行のためにB寝台車の構造をプルマン式A寝台に範をとった代償で営業運転開始までにA寝台の設計が間に合わなかったことが原因でした。
今だったら航空機のファーストクラスなどでおなじみフルフラットシートみたいなものもありますが、当時では致し方なかったでしょう。
一方で、リクライニングシートから寝台に転換する方法の検討もギリギリまで続けられていたようで、設計に関わった星晃氏の回想によれば
・下段はリクライニングシートを改造して水平に
・側壁から仕切を引き出して個室にする
・上段は天井に格納したものを降ろす
というアイディアだったらしいです。
しかし「モックアップを作っていては時間切れになる恐れが出てきた」との理由で取りやめになったそう。
たしかに、いざ実現可能性を考えてみたらリクライニングシートのフルフラット化と上段寝台はともかく、個室の仕切壁をすべて側壁に格納しておけるのか!?という疑問が残り、とても開発はデビューまでに間に合わなかっただろうなあと思う。
だったら最初っから個室にして、昼間時は二人向かい合わせの座席にするとか…などと別のアイデアも出てきたことでしょう。
しかし、ファンの心理としては実現したらどんな編成になっていただろう…という期待感も膨らむもの。
ということで作ってみました。
もしリクライニングシートのフルフラット化であれば、座席間隔は通常の1等車(グリーン車)より広くとるでしょう。単純に考えて、あいだの1基を抜いて間隔を倍に広げるという感じ。
個室の仕切は収納式にしておくことは難しいでしょうからおそらく前後の仕切は最初っからつくっておいて(いまのE653系「いなほ」のグリーン車みたいな感じ?)、寝台利用時に通路側の扉が締められる構造かなと思ったり。
もし実現したら当時の国鉄としては画期的で過去に例のない車内設備になったことでしょう。
しかし、いくら考えても座席利用時にも寝台利用時にも無理がある構造になるのは否めず、おまけに普通車だったら1両で済むところがA寝台では2両用意しないと同数の定員を確保できないのは明白で、営業的にも運用的にも無駄が多く扱いづらい車両になっていたかもなあ…なんて思います。
時代背景上致しかたなかったとはいえ、583系のコンセプトにはやっぱりもともと無理があったのかもしれません。
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1・2号車にクロネ+サロネと2両つなぎ、3号車はサシにしました。
定員確保の問題を考えると、最初はクハネ581に範をとってクロネ581として登場したかもしれませんが、おそらくすぐにクハネ583に範をとったクロネ583に代替わりしたことでしょう。
一応上の12両編成のほうがクロネ581+サロネ581(「きたぐに」の同系車とは別)を連結した関西~九州特急用の編成、下の15両編成のほうがクロネ583+サロネ581による東北特急用の編成です(当初構想されていた15連化が実現した想定としてみました)。
運用効率化という581系のコンセプトに矛盾するかのような構想ですが、昼夜両行のためにB寝台車の構造をプルマン式A寝台に範をとった代償で営業運転開始までにA寝台の設計が間に合わなかったことが原因でした。
今だったら航空機のファーストクラスなどでおなじみフルフラットシートみたいなものもありますが、当時では致し方なかったでしょう。
一方で、リクライニングシートから寝台に転換する方法の検討もギリギリまで続けられていたようで、設計に関わった星晃氏の回想によれば
・下段はリクライニングシートを改造して水平に
・側壁から仕切を引き出して個室にする
・上段は天井に格納したものを降ろす
というアイディアだったらしいです。
しかし「モックアップを作っていては時間切れになる恐れが出てきた」との理由で取りやめになったそう。
たしかに、いざ実現可能性を考えてみたらリクライニングシートのフルフラット化と上段寝台はともかく、個室の仕切壁をすべて側壁に格納しておけるのか!?という疑問が残り、とても開発はデビューまでに間に合わなかっただろうなあと思う。
だったら最初っから個室にして、昼間時は二人向かい合わせの座席にするとか…などと別のアイデアも出てきたことでしょう。
しかし、ファンの心理としては実現したらどんな編成になっていただろう…という期待感も膨らむもの。
ということで作ってみました。
もしリクライニングシートのフルフラット化であれば、座席間隔は通常の1等車(グリーン車)より広くとるでしょう。単純に考えて、あいだの1基を抜いて間隔を倍に広げるという感じ。
個室の仕切は収納式にしておくことは難しいでしょうからおそらく前後の仕切は最初っからつくっておいて(いまのE653系「いなほ」のグリーン車みたいな感じ?)、寝台利用時に通路側の扉が締められる構造かなと思ったり。
もし実現したら当時の国鉄としては画期的で過去に例のない車内設備になったことでしょう。
しかし、いくら考えても座席利用時にも寝台利用時にも無理がある構造になるのは否めず、おまけに普通車だったら1両で済むところがA寝台では2両用意しないと同数の定員を確保できないのは明白で、営業的にも運用的にも無駄が多く扱いづらい車両になっていたかもなあ…なんて思います。
時代背景上致しかたなかったとはいえ、583系のコンセプトにはやっぱりもともと無理があったのかもしれません。
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1・2号車にクロネ+サロネと2両つなぎ、3号車はサシにしました。
定員確保の問題を考えると、最初はクハネ581に範をとってクロネ581として登場したかもしれませんが、おそらくすぐにクハネ583に範をとったクロネ583に代替わりしたことでしょう。
一応上の12両編成のほうがクロネ581+サロネ581(「きたぐに」の同系車とは別)を連結した関西~九州特急用の編成、下の15両編成のほうがクロネ583+サロネ581による東北特急用の編成です(当初構想されていた15連化が実現した想定としてみました)。
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2017-09-10 17:24
Comments (1)
昔587系という引戸バージョンを考えたことがあります。