悪いドラゴンを倒してお姫様とハッピーエンドだ! 【第2幕】
第1幕→illust/68729803
第3幕→illust/70709794
②『Dragonheart』
――ずっと神様にお祈りしていた。
みんなで寄り添って、お城の地下牢でお祈りしていた。
もう一度、お日様の下に戻れると信じて。
きっとまた、家族に会えると信じて。
必ず、マルス様が助けに来てくれると信じて。
神様はお祈りを聞いてくれた。
見張りの兵士たちがざわめいている。マルス様たちが戻ってきたと。
けれども、マルス様がお城を取り戻そうとするなら人質は皆殺しだとも言っていた。
私は自分の胸をかきむしる。胸の中から、調子っ外れの悲鳴が聞こえていた。
神様、ナーガ様、
もしもみんなが救われないなら、
もしも私が救われないなら、
どうか私の命で、みんなをお救い下さい。
暗闇に落ちかけたその時、差し伸ばされた手。私を覗き込む顔。
同じ牢の中に、こんな子が居ただろうか?
励ますように笑う。
暗い地下牢の中で、翡翠の瞳が輝いた。
*「生贄のお姫様」のフェイズ
「さあ贄を捧げよ人間たちよ。あどけなき姫の血と魂の何と美しきことか!」
竜の姫が両の腕を、二対の翼を大きく広げると、頭上の黄金の冠にはめられた宝石からまばゆい光が溢れ出した。少女の姿は光に溶け、
爆ぜた。
落雷のような閃光と衝撃と轟音、そして、
光に目がくらんでも、轟音に耳が遠くなっても、肌を突き刺すようにして感じられる圧倒的な存在感。人智を超えた存在の出現を、体ではなく本能で理解する。
そしてようやく視力の戻った目で、再びその姿を見る。
黄金に輝く鱗、たなびく白銀の鬣、乱立する角と棘、力強い四肢、鋭い鍵爪、長く伸びる尾、小山のような巨躯、そして二対の巨大な翼。
金色の、ドラゴン。その燃えるような翡翠の瞳がはるか頭上から睥睨する。
「あ、ああ・・・」
誰もが動けない。神々しさすら覚えるその姿に魂を抜かれてしまったかのように。
けれども、
眼下を見渡していた瞳が一点に向けられる。狙うべき獲物、生贄に捧げられる「姫」を見つける。巨大なドラゴンの意思がそこへと定められた。
「う、うわあああぁあぁ」
輿が揺れた。私の周囲の大人たちが一斉に逃げ出そうとする。腰を抜かしてへたり込む人、何とか輿をドラゴンから遠ざけようとする人、人の波が乱れて私は輿から転げ落ちそうになる。斜めになった視界の端で、ドラゴンが動くのが見えた。その巨体からは信じられない俊敏さで神殿の床を蹴り、長い体と首で一気に伸び上がる。開かれる顎、斧よりも分厚く鋭い牙がずらりと並ぶ竜の口が、私の視界いっぱいに広がった。
――あ、死んだ。
衝撃。
ドラゴンの顎が私を捉えた。激しく揺さぶられ、視界が回転し、脚が何も無い宙をもがいた。上も下も分からない中で、胸に腹に背中に、鋭い牙が食い込んでいるのがはっきりと感じられた。ドラゴンの顎と牙の力の前に自分の身体があまりにも頼りない。ぺちゃんこに噛み潰される。喰いちぎられてばらばらにされる。瞬きほどの未来の予想に体が硬直したその瞬間、
「あ、ぽいーっと」
放り出される。
周りじゅう、全部が青。空に落ちる感覚。重さが消える。耳を劈く悲鳴が自分の口から出たものだと後で気がつく。
ぐるりと回転する景色。お城が、街並みが、湖が、神殿が、広場が、見上げる大勢の人たちが信じられないくらい遠く、下の方に見える。そしてその中心に金色の巨体が、首をもたげ、翼を広げて待ち構えていた。
落ちる。まっすぐに。金色のドラゴンへ向かって。その姿がどんどん大きくなる。翡翠の瞳と目が合う。竜の顎が再び開かれ、長い舌と鋭い牙が見えた。
今度こそ食べられる。目を閉じた直後、
激突した。
・・・思ったようには痛くはなかった。柔らかく、暖かい感触。
「・・・え?」
恐る恐る目を開けると、目の前には白銀の毛並み。ふさふさした長い毛の中に私はいた。周りには何本も突き出した金色の巨大な角。その向こうに、こちらを見上げている大人たちの姿が小さく見える。そのどよめきが潮騒のように波打った。ぐんっと、体が持ち上がる感覚。視点が高くなり、見晴らしが急激に広がる。大人たちの姿が、まるで子猫のように小さくなった。
「ふっふっふっふ」
何と言うか、安い悪役っぽい笑い声が重低音で響いた。
「さあ、お前たちの姫は今ここだ。」
自分の体のすぐ下から雷のような声がする。私の体がびりびりと震える。
「だが今はもう、我の姫だ。」
朗々と、まさしく舞台役者のようにドラゴンが「台詞」を読み上げる。その声はやはり私の体の下から。なぜならそこにドラゴンの口があるから。白銀の毛並みの向こうに突き出した金色の部分はドラゴンの鼻先だ。
「え、え、え、ええ?」
あまりの出来事に恐怖よりも驚きが勝った。パクパクと泡を吐くようにして変な声が口からもれ出た。見上げる大人たちもみな同じような顔をしている。
――塔の上に囚われ、ドラゴンに守られたお姫様のお話なら聞いたことがあったけれど。
「奪い返せばいい。――できるものなら。」
してやったり。私の位置からは見えなくても、ドラゴンがにやりと笑ったのがはっきりと分かった。大人たちがぽかんと、顎が外れそうなほどに大きく口を開けている。
――と、
「さあお姫様。悪いドラゴンがやって来たよ。約束通り、あなたの命をもらいに来たよ。」
ドラゴンが私に言った。こっそりと。何をするかと思うより早く。
「接続、魔力供給。――汝は我が一部なり」
ドラゴンが何と言ったのか、私には理解できなかった。それはまるで魔法の呪文のようで。
「――っ?」
ピリッとした感覚が額に走る。それは額から私の体の中に入り込み、小さな雷のようなそれが背筋を伝って駆け下りる。その刺激に体がぶるりと震えた。へその下あたり、腹の奥のほうが熱を帯びる。
「魔力制御開放、2番、3番、4番。」
腹の下のほうにたまった熱が、今度は体の中心を通って駆け上がり胸に届く。胸の皮膚に焼けるような感覚。そしてその中心、私の心臓がどくん、と大きく鳴った。
「護りたまえ、癒したまえ、力与えたまえ。――身体保護、自己治癒、身体強化。術式起動。」
胸の中の心臓が熱を持つ。まるで薪をくべられた竃のように。熱い血が心臓から吐き出され、私の体中を駆け巡る。目の前が一瞬、真っ白になった。
「さあ、これであなたの体は大丈夫。覚悟してね? これから思いっきり、ぶんぶん振り回すからね。」
周囲の空気が変わる。目に見えない何かがまるで真綿で包むように優しく、けれど決して抗うことを許さない力で私の体を縛り上げた。
「しばらく、そこで大人しくしていてね?」
もはや暴れる事も飛び降りる事も、転げ落ちる事さえかなわない。
――かくして姫はドラゴンに奪い去られ、幽閉される。お話のように。
ふさふさとした柔らかく温かい毛並みのベッドに魔法の鎖でつながれて。
金色のドラゴンの頭の上に、私は囚われた。
(続く)
第3幕→illust/70709794
②『Dragonheart』
――ずっと神様にお祈りしていた。
みんなで寄り添って、お城の地下牢でお祈りしていた。
もう一度、お日様の下に戻れると信じて。
きっとまた、家族に会えると信じて。
必ず、マルス様が助けに来てくれると信じて。
神様はお祈りを聞いてくれた。
見張りの兵士たちがざわめいている。マルス様たちが戻ってきたと。
けれども、マルス様がお城を取り戻そうとするなら人質は皆殺しだとも言っていた。
私は自分の胸をかきむしる。胸の中から、調子っ外れの悲鳴が聞こえていた。
神様、ナーガ様、
もしもみんなが救われないなら、
もしも私が救われないなら、
どうか私の命で、みんなをお救い下さい。
暗闇に落ちかけたその時、差し伸ばされた手。私を覗き込む顔。
同じ牢の中に、こんな子が居ただろうか?
励ますように笑う。
暗い地下牢の中で、翡翠の瞳が輝いた。
*「生贄のお姫様」のフェイズ
「さあ贄を捧げよ人間たちよ。あどけなき姫の血と魂の何と美しきことか!」
竜の姫が両の腕を、二対の翼を大きく広げると、頭上の黄金の冠にはめられた宝石からまばゆい光が溢れ出した。少女の姿は光に溶け、
爆ぜた。
落雷のような閃光と衝撃と轟音、そして、
光に目がくらんでも、轟音に耳が遠くなっても、肌を突き刺すようにして感じられる圧倒的な存在感。人智を超えた存在の出現を、体ではなく本能で理解する。
そしてようやく視力の戻った目で、再びその姿を見る。
黄金に輝く鱗、たなびく白銀の鬣、乱立する角と棘、力強い四肢、鋭い鍵爪、長く伸びる尾、小山のような巨躯、そして二対の巨大な翼。
金色の、ドラゴン。その燃えるような翡翠の瞳がはるか頭上から睥睨する。
「あ、ああ・・・」
誰もが動けない。神々しさすら覚えるその姿に魂を抜かれてしまったかのように。
けれども、
眼下を見渡していた瞳が一点に向けられる。狙うべき獲物、生贄に捧げられる「姫」を見つける。巨大なドラゴンの意思がそこへと定められた。
「う、うわあああぁあぁ」
輿が揺れた。私の周囲の大人たちが一斉に逃げ出そうとする。腰を抜かしてへたり込む人、何とか輿をドラゴンから遠ざけようとする人、人の波が乱れて私は輿から転げ落ちそうになる。斜めになった視界の端で、ドラゴンが動くのが見えた。その巨体からは信じられない俊敏さで神殿の床を蹴り、長い体と首で一気に伸び上がる。開かれる顎、斧よりも分厚く鋭い牙がずらりと並ぶ竜の口が、私の視界いっぱいに広がった。
――あ、死んだ。
衝撃。
ドラゴンの顎が私を捉えた。激しく揺さぶられ、視界が回転し、脚が何も無い宙をもがいた。上も下も分からない中で、胸に腹に背中に、鋭い牙が食い込んでいるのがはっきりと感じられた。ドラゴンの顎と牙の力の前に自分の身体があまりにも頼りない。ぺちゃんこに噛み潰される。喰いちぎられてばらばらにされる。瞬きほどの未来の予想に体が硬直したその瞬間、
「あ、ぽいーっと」
放り出される。
周りじゅう、全部が青。空に落ちる感覚。重さが消える。耳を劈く悲鳴が自分の口から出たものだと後で気がつく。
ぐるりと回転する景色。お城が、街並みが、湖が、神殿が、広場が、見上げる大勢の人たちが信じられないくらい遠く、下の方に見える。そしてその中心に金色の巨体が、首をもたげ、翼を広げて待ち構えていた。
落ちる。まっすぐに。金色のドラゴンへ向かって。その姿がどんどん大きくなる。翡翠の瞳と目が合う。竜の顎が再び開かれ、長い舌と鋭い牙が見えた。
今度こそ食べられる。目を閉じた直後、
激突した。
・・・思ったようには痛くはなかった。柔らかく、暖かい感触。
「・・・え?」
恐る恐る目を開けると、目の前には白銀の毛並み。ふさふさした長い毛の中に私はいた。周りには何本も突き出した金色の巨大な角。その向こうに、こちらを見上げている大人たちの姿が小さく見える。そのどよめきが潮騒のように波打った。ぐんっと、体が持ち上がる感覚。視点が高くなり、見晴らしが急激に広がる。大人たちの姿が、まるで子猫のように小さくなった。
「ふっふっふっふ」
何と言うか、安い悪役っぽい笑い声が重低音で響いた。
「さあ、お前たちの姫は今ここだ。」
自分の体のすぐ下から雷のような声がする。私の体がびりびりと震える。
「だが今はもう、我の姫だ。」
朗々と、まさしく舞台役者のようにドラゴンが「台詞」を読み上げる。その声はやはり私の体の下から。なぜならそこにドラゴンの口があるから。白銀の毛並みの向こうに突き出した金色の部分はドラゴンの鼻先だ。
「え、え、え、ええ?」
あまりの出来事に恐怖よりも驚きが勝った。パクパクと泡を吐くようにして変な声が口からもれ出た。見上げる大人たちもみな同じような顔をしている。
――塔の上に囚われ、ドラゴンに守られたお姫様のお話なら聞いたことがあったけれど。
「奪い返せばいい。――できるものなら。」
してやったり。私の位置からは見えなくても、ドラゴンがにやりと笑ったのがはっきりと分かった。大人たちがぽかんと、顎が外れそうなほどに大きく口を開けている。
――と、
「さあお姫様。悪いドラゴンがやって来たよ。約束通り、あなたの命をもらいに来たよ。」
ドラゴンが私に言った。こっそりと。何をするかと思うより早く。
「接続、魔力供給。――汝は我が一部なり」
ドラゴンが何と言ったのか、私には理解できなかった。それはまるで魔法の呪文のようで。
「――っ?」
ピリッとした感覚が額に走る。それは額から私の体の中に入り込み、小さな雷のようなそれが背筋を伝って駆け下りる。その刺激に体がぶるりと震えた。へその下あたり、腹の奥のほうが熱を帯びる。
「魔力制御開放、2番、3番、4番。」
腹の下のほうにたまった熱が、今度は体の中心を通って駆け上がり胸に届く。胸の皮膚に焼けるような感覚。そしてその中心、私の心臓がどくん、と大きく鳴った。
「護りたまえ、癒したまえ、力与えたまえ。――身体保護、自己治癒、身体強化。術式起動。」
胸の中の心臓が熱を持つ。まるで薪をくべられた竃のように。熱い血が心臓から吐き出され、私の体中を駆け巡る。目の前が一瞬、真っ白になった。
「さあ、これであなたの体は大丈夫。覚悟してね? これから思いっきり、ぶんぶん振り回すからね。」
周囲の空気が変わる。目に見えない何かがまるで真綿で包むように優しく、けれど決して抗うことを許さない力で私の体を縛り上げた。
「しばらく、そこで大人しくしていてね?」
もはや暴れる事も飛び降りる事も、転げ落ちる事さえかなわない。
――かくして姫はドラゴンに奪い去られ、幽閉される。お話のように。
ふさふさとした柔らかく温かい毛並みのベッドに魔法の鎖でつながれて。
金色のドラゴンの頭の上に、私は囚われた。
(続く)
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2018-08-17 22:44
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