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死出のお供は日本刀で

「私はね、もういつ死んでもいいんですよ」
目の前の老人はそう言った。確かにそう、言ったのだ。
私は今、持病持ちの殺人を犯しお勤めをとうの昔に終えたこのじいさんと狭い個室内にて二人きり、週2日訪問し、話を聞くことを生業としている。
「そうなんですか、私も今すぐ死んでもかまわないと思って生きていますよ」
微笑み返し本音を述べたが
「今すぐとはいかないんだ」
老人も穏やかに言葉を返す。私は意外だった。
「ではいつなら良いのですか?」
「明日は困る。明後日なら大丈夫なんだ」
何かの日程調整の確認のような返事に私は笑ってしまった。
実際、死に際など予定通りにはいかないのだから。

数日後、顔色がどす黒く変化し、息も絶え絶えなこの老人とまた、面談を行っていた。
「具合が悪い、入院したい、頼む。お願いだ、今すぐ病院へ連れて行ってくれ・・・」
なんとか椅子へ腰かけて、彼は懇願している。
私は持病の悪化が彼自身の怠慢と知っている。
そして個人情報云々により詳しくは延べられないが、病院側は受け入れ拒否を示している。
彼はこの狭い個室にて孤独死せざるを得ないのだ。
そこに立ち会えば私も(警察等々)面倒ごとが待っている。
が、そんな事はどうでもいいのだ。

おかしい。こいつは命はいらない、と、言っていたはずだ。
なのに、
死神の鎌光をちらと見た、たかがそんな事でこんなに狼狽するだなんて、
この間の諦めの良い態度は何処へ行ってしまったのか。
私はあまりに無茶な哀願に切れてしまった。

「ついこないだまでいつ死んでもいいと言ってなかったか?それは暢気な寝言だとしてもこれは自業自得だろ?ましてや刑期を終えたとて、それは今の社会ルールの話、それを責めたくはないがおい人殺し、手前の命はそんなに惜しいか、何が明後日死ねばいいだ、馬鹿が」

あはは
つい罵ってしまった。
老人の目は血走っている。それはそうだろう。
私は彼のプライドを、生き様を、人生を踏み握り追い立て責めたのだ。
「卑しく浅ましく悍ましい」
老人はよろよろと、小さな洋箪笥から日本刀を取り出した。

あ。

噂には聞いていたが、本当に持っていたのか。
私は胸が高鳴った。

「Nさんは殺人で刑務所にいたんだって。箪笥の中には何処から持ってきたのか日本刀が隠してあるって話よ、怒らせたら何をされるかわからないから気を付けてくれぐれも怒らせないで…」

アドバイスが遠くから聞こえてきたが、具体的に何故彼が誰を殺したのか、何処の刑務所で何年の刑期を過ごし、家族構成生い立ち等々、
ちょっと本気を出せば知りうることなど容易い。
もちろんここでは伏せておこう。

胸に鋭い痛みが走った。
刃物傷を負うのは何度も経験しているが、他人に、しかも日本刀の傷なんて、そうそう出来る経験ではないだろう。
糸の切れた人形とはこういうことを言うんだなぁ。ばたっと面白い擬音と共に汚いカーペットの上に坐した。
血がだらだらと流れている。面白い。
下に広がる血だまりが綺麗でよかったなぁとぼんやり眺めていると、首筋を狙って冷ややかな感触を受けた。
「ぜえぜえ」
息遣いとよだれとが頭上から降ってくる。
悲しいかな、「死ね」と格好良く決めたい所だろうがそう上手く事は運ばないのだ。
私は答えた。
「言いましたよね、私はいつでも死んで良いと。俺はあんたとは違う。死ぬことは気持ちいい」
振りかぶることに懸命で(刀は重いようだ)私の声など聞いちゃいない。
「そんなに死ぬことは怖いのか?俺にはわからんよヒトゴロシ」
私は笑っていた。

…よくよく思い返してみれば。
そういえば、一人の人に会いたかった。
ごめんなさい、また、あの言葉を、言って。

それが生きる理由になれば、もっと、いいのに。

病院で起きた。また死にそびれた。老人もしっかり生きている。
けったくそ悪い。

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2018-10-16 23:35

 こあらのまーち


Comments (4)

ラーキ 2019-02-27 21:58

作品は確か月下獣じゃなくて、山月記

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2019-01-02 14:05

いいですねぇ。

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