第二十六話「ペンギンおじさんとギター」

 平日の昼間、楽器屋さんに行くと、たいていスーツ姿のおじさんが一人や二人いるもんです。

 おじさんはショーウィンドウの中のギターをじっと見つめています。
 その姿は、まるで遠い故郷を思うペンギン。

 そのおじさんの故郷とは、髪の毛のあった青春時代
 ただし当時と違うのは、今なら買える目の前のギター

『別にかみさんに相談するほどでもなし』
『会社のロッカーに入れときゃいいし』

『薄くなっちまったなあ』
 ガラスに映る現在(いま)の自分。
 いつもの様に手櫛で髪をなでる姿は、すかしてみてもペンギン然

 そこに息子ぐらいの店員
「弾いてみますか?」
「やめとくよ、仕事の合間だから」
 いつものセリフでバタバタ逃げていく姿も、これまたペンギンの様

『別に「F」が鳴らなくてもいいのに……』
『自分のお金なのに……』

 でもペンギンおじさんはギターを買ってはいけない理由を、本能的に知っているのです。

 もしショーウィンドーの鍵が開かれて
 ギターを手にしたら瞬間から、
 おじさんの故郷は
 ふいと消えてしまうから

 ペンギンおじさんとギター

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2022-03-03 05:17

 なわない


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