思はぬにしぐれの雨は降りたれど
好文木(コウブンボク)の本丸は、新米審神者らしくほぼ初期設定の武家屋敷だ。つまり初期実装の刀剣男士がなんとか暮らせる程度の広さ。まあ、一般家庭に比べれば「なにこのバカ広い屋敷」であるが、刀剣男士の数が増えるにつれ、どんどん増築していくのが普通だ。なにせ現在実装されている刀剣男士は既に80を超える。
高校の2クラス分だな、と数年前まで学生だった好文木は遠い目になる。
ただの薬剤師志望の学生が、何の因果かカミサマを率いてバケモノと戦争。どれもこれも国宝やら重要文化財やらのお刀様だというのに、レアじゃないとか文句つけられて、もっともっとレア刀を集めろと罵詈雑言吐かれるとか、おかしい気がするのだが……。
さて。鍛刀もドロップも運次第。霊力の質も量も平均的で、資源をじゃぶじゃぶ使ってチャレンジできるほどの財力も貯蓄も無くて、レアな刀といえばひたすら鶯と平野ばかりな好文木だったが、今日やっとレア中のレア、天下五剣と源氏の重宝を鍛刀することに成功した。
ただでさえ2振り同時は霊力的に厳しいのに、しばらく様子を見ようと顕現する気が無かった天下五剣が霊力を勝手に吸い取って無理矢理顕現したせいで好文木は口上を聞くなりぶっ倒れてしまった。
激怒した初期刀が、
「おっ、お前という奴は──っ。ここで謹慎していろっ、皆、主を寝所へっ」
と叫ばなければ、部屋の外で見守っていた刀達に練度一の天下五剣は、よってたかってタコ殴りにされていただろう。
好文木が寝室へ運ばれ、心配する刀達にかいがいしく看病されたり見守られたりしている頃。
夜も更けた屋敷の縁側を音も無く進む影があった。
「………」
「…」
ずらりと並ぶ襖の隙間から、ひょこひょこっと小さな影が頭を出す。
「ここが おおひろまですよ。あさごはんも、ここでたべますからおぼえておくように」
「うむ」
新人を案内している短刀の声が聞こえる。
「まちがいない」
押し殺した小さな声が、そっと囁く。
「お兄ちゃんにむりさせて、たおれさせた刀……わるいやつ」
「んふ!」
好文木の「妹」の暁月は怒っていた。
──お兄ちゃんが倒れた原因は、天下五剣とかいう奴が勝手に霊力を吸い取って、バカ食いしたから。刀剣男士のくせにお兄ちゃんを守るどころか、苦しめたやつなんて大っ嫌い!
大事なだいじなお兄ちゃんに「反逆」する刀剣男士が現れたと聞けば、暁月が黙っていられるわけがなかった。
「んふ!(暁月に代わってお仕置きする!)」
暁月が霊力を注いで生みだしたキノコ型ぬいぐるみの式神「なめすけ」が、真白のマフラーをウサ耳フードを被った顔の下半分に巻き付け、アサシンスタイルになる。
「んふんふ!(闇討ち暗殺お手のもの!)」
どこぞの脇差のような台詞を呟き、なめすけは薄暗い廊下を歩いてくる刀剣へと走った。
その手には、バナナの皮。
──お兄ちゃんにひどいことした悪い子は滑って転んでしまえばいい!
暁月の命を受けて、なめすけは闇に紛れ(全身真っ白なので紛れてないが)廊下を駆ける。
「む?」
「おや」
足下へ走って来た小さなウサギのようなキノコのような謎のイキモノに目を瞬かせた新刃が、腰の太刀に手を掛けた。
「面妖なっ」
「まってまって、そのこは」
とっさに斬り捨てようとした新刃を、案内役の短刀が止めようとし、もみあった拍子に手にしていた「新刃のしおり」冊子が廊下に落ちる。そこに勢いよく走って来たなめすけは、冊子を踏みつけ足を滑らせた。
つるっ
偶然その日、短刀達が雑巾掛け競争で遊び、ピッカピカに磨き上げてワックスまでかけていた廊下は、とても滑りやすかった。
「んふ~~~~っ!」
滑って転んですっ飛ぶなめすけ。
縁側から落ちた勢いで鞠のように跳ねながら、庭を転がって行く。
たまたま庭に放置されていたシャベルとスコップの上に勢いよくつっこんだとたんに、シーソーと化したシャベルがなめすけを跳ね上げる。
びょ~~~~ん
「なめすけ──っ!!!」
庭の池に派手な水しぶきを上げて落下した白ウサギキノコを追いかけて暁月となめ太郎、なめ藤達が走る。
「なんなんだ、いったい」
暗くてよく見えない目を細めつつ、新刃は「なめすけがしずんじゃう──っ」と泣く幼女の傍に移動すると、溺れているウサギのようなキノコのような謎生物の首に引っかかる白マフラーを掴んで引き上げた。
「わるいかたなは、いまきんしんちゅうです。これはいいかたなの うすみどりです」
なめすけの特攻理由を説明された短刀は、苦笑交じりに暁月をさとす。
「いくらあるじさまのためでも、いきなりやみうちはいけませんよ。(あいてはちゃんとたしかめないと)ひとをのろわば あなふたつって、暁月はもうわかってるでしょう?(のろうより せいせいどうどうとやったほうがいいです)」
早合点で刀違いの闇討ちをしかけて逆に助けられることになってしまった暁月達は、真っ赤になって平謝りする。なお()内の副音声は当然聞こえていない。
「ごめんなさい」
「んふんふ(ごめんなさい)」
「んふ-(ごめんね-)」
好文木が倒れる原因となった天下五剣に対して思うところがあるのは短刀も同じ。
「いいえ、きもちはわかりますから。つぎはまちがわなければいいんです」
とりあえず、あの三条の恥さらしは謹慎が解けたら絶対手合わせでぶちのめすことを、短刀は決めていた。ちなみに彼は本丸3番目の顕現で練度は初期刀に次ぐ。
そして。
空を覆う雲が晴れ、月が輝く庭で。
「んふんふんふ~~~~(ごめんなさい、たすけてくれてありがとう、~~~っ)」
「こやつは何を言っているのだ? 全然わからん」
びしょ濡れのなめすけに抱きつかれて、薄緑の太刀は首を傾げるのだった。
思はぬにしぐれの雨は降りたれど天雲(あまくも)晴れて月夜(つくよ)さやけし
・・・・
・・・
・
(オマケ)
思はぬにしぐれの雨は降りたれど天雲(あまくも)晴れて月夜(つくよ)さやけし
出典:万葉集
作者:詠み人知らず
意訳:「思いもかけず突然に雨が降りはしましたが、今は雲も晴れわたり明るい月が出ています」
いただいた小ネタ漫画のタイトルになりそうな和歌を探してアレコレさまよったものの、なかなか見つからなかったので「誤解が晴れる」というテーマに月の歌を掛けてこんな感じにしてみました。
時ならぬ雨(濡れ衣)に濡れてしまったけれど、ちゃんと晴れてよかったデスヨネー。( ^∀^ )ニコニコ
高校の2クラス分だな、と数年前まで学生だった好文木は遠い目になる。
ただの薬剤師志望の学生が、何の因果かカミサマを率いてバケモノと戦争。どれもこれも国宝やら重要文化財やらのお刀様だというのに、レアじゃないとか文句つけられて、もっともっとレア刀を集めろと罵詈雑言吐かれるとか、おかしい気がするのだが……。
さて。鍛刀もドロップも運次第。霊力の質も量も平均的で、資源をじゃぶじゃぶ使ってチャレンジできるほどの財力も貯蓄も無くて、レアな刀といえばひたすら鶯と平野ばかりな好文木だったが、今日やっとレア中のレア、天下五剣と源氏の重宝を鍛刀することに成功した。
ただでさえ2振り同時は霊力的に厳しいのに、しばらく様子を見ようと顕現する気が無かった天下五剣が霊力を勝手に吸い取って無理矢理顕現したせいで好文木は口上を聞くなりぶっ倒れてしまった。
激怒した初期刀が、
「おっ、お前という奴は──っ。ここで謹慎していろっ、皆、主を寝所へっ」
と叫ばなければ、部屋の外で見守っていた刀達に練度一の天下五剣は、よってたかってタコ殴りにされていただろう。
好文木が寝室へ運ばれ、心配する刀達にかいがいしく看病されたり見守られたりしている頃。
夜も更けた屋敷の縁側を音も無く進む影があった。
「………」
「…」
ずらりと並ぶ襖の隙間から、ひょこひょこっと小さな影が頭を出す。
「ここが おおひろまですよ。あさごはんも、ここでたべますからおぼえておくように」
「うむ」
新人を案内している短刀の声が聞こえる。
「まちがいない」
押し殺した小さな声が、そっと囁く。
「お兄ちゃんにむりさせて、たおれさせた刀……わるいやつ」
「んふ!」
好文木の「妹」の暁月は怒っていた。
──お兄ちゃんが倒れた原因は、天下五剣とかいう奴が勝手に霊力を吸い取って、バカ食いしたから。刀剣男士のくせにお兄ちゃんを守るどころか、苦しめたやつなんて大っ嫌い!
大事なだいじなお兄ちゃんに「反逆」する刀剣男士が現れたと聞けば、暁月が黙っていられるわけがなかった。
「んふ!(暁月に代わってお仕置きする!)」
暁月が霊力を注いで生みだしたキノコ型ぬいぐるみの式神「なめすけ」が、真白のマフラーをウサ耳フードを被った顔の下半分に巻き付け、アサシンスタイルになる。
「んふんふ!(闇討ち暗殺お手のもの!)」
どこぞの脇差のような台詞を呟き、なめすけは薄暗い廊下を歩いてくる刀剣へと走った。
その手には、バナナの皮。
──お兄ちゃんにひどいことした悪い子は滑って転んでしまえばいい!
暁月の命を受けて、なめすけは闇に紛れ(全身真っ白なので紛れてないが)廊下を駆ける。
「む?」
「おや」
足下へ走って来た小さなウサギのようなキノコのような謎のイキモノに目を瞬かせた新刃が、腰の太刀に手を掛けた。
「面妖なっ」
「まってまって、そのこは」
とっさに斬り捨てようとした新刃を、案内役の短刀が止めようとし、もみあった拍子に手にしていた「新刃のしおり」冊子が廊下に落ちる。そこに勢いよく走って来たなめすけは、冊子を踏みつけ足を滑らせた。
つるっ
偶然その日、短刀達が雑巾掛け競争で遊び、ピッカピカに磨き上げてワックスまでかけていた廊下は、とても滑りやすかった。
「んふ~~~~っ!」
滑って転んですっ飛ぶなめすけ。
縁側から落ちた勢いで鞠のように跳ねながら、庭を転がって行く。
たまたま庭に放置されていたシャベルとスコップの上に勢いよくつっこんだとたんに、シーソーと化したシャベルがなめすけを跳ね上げる。
びょ~~~~ん
「なめすけ──っ!!!」
庭の池に派手な水しぶきを上げて落下した白ウサギキノコを追いかけて暁月となめ太郎、なめ藤達が走る。
「なんなんだ、いったい」
暗くてよく見えない目を細めつつ、新刃は「なめすけがしずんじゃう──っ」と泣く幼女の傍に移動すると、溺れているウサギのようなキノコのような謎生物の首に引っかかる白マフラーを掴んで引き上げた。
「わるいかたなは、いまきんしんちゅうです。これはいいかたなの うすみどりです」
なめすけの特攻理由を説明された短刀は、苦笑交じりに暁月をさとす。
「いくらあるじさまのためでも、いきなりやみうちはいけませんよ。(あいてはちゃんとたしかめないと)ひとをのろわば あなふたつって、暁月はもうわかってるでしょう?(のろうより せいせいどうどうとやったほうがいいです)」
早合点で刀違いの闇討ちをしかけて逆に助けられることになってしまった暁月達は、真っ赤になって平謝りする。なお()内の副音声は当然聞こえていない。
「ごめんなさい」
「んふんふ(ごめんなさい)」
「んふ-(ごめんね-)」
好文木が倒れる原因となった天下五剣に対して思うところがあるのは短刀も同じ。
「いいえ、きもちはわかりますから。つぎはまちがわなければいいんです」
とりあえず、あの三条の恥さらしは謹慎が解けたら絶対手合わせでぶちのめすことを、短刀は決めていた。ちなみに彼は本丸3番目の顕現で練度は初期刀に次ぐ。
そして。
空を覆う雲が晴れ、月が輝く庭で。
「んふんふんふ~~~~(ごめんなさい、たすけてくれてありがとう、~~~っ)」
「こやつは何を言っているのだ? 全然わからん」
びしょ濡れのなめすけに抱きつかれて、薄緑の太刀は首を傾げるのだった。
思はぬにしぐれの雨は降りたれど天雲(あまくも)晴れて月夜(つくよ)さやけし
・・・・
・・・
・
(オマケ)
思はぬにしぐれの雨は降りたれど天雲(あまくも)晴れて月夜(つくよ)さやけし
出典:万葉集
作者:詠み人知らず
意訳:「思いもかけず突然に雨が降りはしましたが、今は雲も晴れわたり明るい月が出ています」
いただいた小ネタ漫画のタイトルになりそうな和歌を探してアレコレさまよったものの、なかなか見つからなかったので「誤解が晴れる」というテーマに月の歌を掛けてこんな感じにしてみました。
時ならぬ雨(濡れ衣)に濡れてしまったけれど、ちゃんと晴れてよかったデスヨネー。( ^∀^ )ニコニコ
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2022-08-10 12:00
Comments (8)
みんなは仲良ししてくださいね。
View Repliesなめすけも暁月ちゃんもかわいいですね。ちゃんと謝るもできて偉いです! 今剣ちゃん副音声やばい…三日月さん、前途多難ですよね…
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