馴れ馴れしさ
愛着障害とは、おもしろい視点であり、
ただ、わたしは、人に馴れ馴れしいかといえば、
むしろ、一人でいる方が好きである。
一人でいるかぎり、他人に迷惑かけないだろうという発想だ。
しかし、愛着障害は2種あり、
馴れ馴れしさは、もうひとつの愛着障害かなと思う。すこし書いてみよう。
母親と非常に中の良さそうな男子がいて、
いまだに乳離れしてないなと思う。
父について聞いてみると、尊敬しているというし、
父親の音楽の趣味を、そのまま継承したような男子で、
見るからに幸福そうだが、いつも不満ばかりいうネガティブな男だ。
そしてそこに馴れ馴れしさがあるかもしれない。
もうすこし書こう。
この場合、親が危機を感じ、子を遠ざけた例である。
子供の方は、突然、遠ざけられたものだから、
他者関係が築けずに、他人に対して、家族的に接してしまう、
あるいは、他者に対して、家族同様のものを期待して
失望し、孤立するパタンだ。
つまり、家庭が完全な場なのだが、そのままでは
この人はニートになってしまう。そこで遠ざけたが
少々遅かったのだろう。
この場合、他人は両親のようにキミを受け入れないというのを
自覚させるしかない。恋愛関係においても、きっとうまくいかないのでは
なかろうか。
”会社できれるのは、家庭で認められなかったから”
愛着障害に関連して、身近にどうも不満ばかりいう人がいる。
何が満たされないのだろうと思うが、どうも
家庭で認められないのだろう。
パタンを考えてみよう。
家庭で認められ、会社でも認められる。
家庭で認められず、会社で認められる。
家庭で認められ、会社で認められない。
家庭で認められず、会社で認められない。
以上、4つだ。
まず、最初の例だが、これは稀なケースで、
家庭で認められつつ、一流会社に入社したとか、
最高の野球選手になった、などのケースである。これはとばそう。
3の場合は、ひきこもりになる確率が高いだろう。
今、言及したいのは4であり、家庭で認められた、成功経験を持たないと、
社会的に失敗したときに、むきになってしまわないか。ひどい場合は
会社を辞めてしまうだろう。
つまり、家でも認められず、なぜここでも認められないか、となってしまう。
逆をいえば、家で認められるから、職場で問題が生じてものりこえられる。
先述した、田尾氏の例がよい例であり、妻が栄転と言ったことで、
氏はその事態をのりこえられたのだろう。つまり、職場で認められないことは
茶飯的であり、妻が認めてくれたからつづいた例である。
プロレスは、愛着障害。
このことばは、結構重い。
つまり、その中心いた猪木さんが他界されたからだ。
そこで出てきたのが、前田氏らの対談で、船木、ヒクソン戦だ。
また、この試合が注目されるときがきた。
つまり、親子の愛着に欠けるファンの、存在のよりどころが
プロレスであり、それが柔術に負けたからである。
タイミング悪く、ヒクソンは引退してしまい、桜庭がホイスをやぶったが、
タオルインによる勝利だった。
だから、桜庭、前田、船木が対談して、
プロレスラーはほんとは強いんだ、と言っても、
サクは、どちらかといえば、総合の選手だから
説得力に欠ける。やはり、高田が出てきて、
2試合とも、プロレスルールだったと公表すべきだろう。
子供時代に、親と適切な関係を築けなかった人は多そうだ。
しかし、ユーチューブ時代だから、カウンセラーも
動画を出しているし、同じような経験をした人から学んで、
現在をよい現在にすべきである。
親が子を認めない場合、小さな成功体験でいいから、
認められる職場で働くのもいいかもしれない。
その場合、両方はとれないので、職場を優先するといった
選択が正しい。
愛着障害には2種あるそうで、その中に馴れ馴れしい人とあった。
しかし、わたしはどちらかというと、他者と距離をとるタイプだ。
この距離感が、2種類あるのではなかろうか。
馴れ馴れしくなってしまう場合は、相手を他者として見ていない場合だろう。
親が溺愛したかどうか知らないが、一般的な他者を、家族というか
親と同視してしまい、期待にこたえてくれないと、激怒してしまう。
非常に子供っぽい態度を出してしまうが、本人にとっては障害だから、
障害をなおした方がいい。
もうひとつは、親が子を認めない場合で、愛着障害と承認欲求が
渾然一体となってしまっている。簡単なのは、彼の親が彼を認めること。
ねぎらいの言葉を彼にかける親であれば、よかったのである。
”親が子を認める?”
この話になると、以前流行した承認欲求問題になる。
ただ、親が否定しつづけると、子は、世界一になる以外ない。
しかし、たとえば、イチローは現在、満たされているのだろうか?
聞いた話だと、国内的に好成績を残したにもかかわらず、
その記録がたいしたことないと言われたそうだ。だから、
海外に挑戦して、アメリカでも活躍した。父は彼を認めただろうか?
こうなってくると、世界一というのは少々難関である。
だから、メンタリストのいうように、小さな成功体験をめざすという
考えがある。例えば、草野球でヒットを打つ。あるいは、
予選でヒットを打つ。予選にメンバーとして出場する。
父でなく、自己が認めるところの自己になる必要があるだろう。
今後、クランケと接点があるかもしれないが、そのときはまた書く。
プロレスが愛着障害なら、その中心にいた人が他界され、
危機的状況にある。そんな中、有田哲平の更新が待ち遠しい。
非公式の動画はたくさんあるが、ほんとかどうかわからない。
しかし、有田なら、憶測で話すことはできないだろう。
テレビ関係者だから、テレビに関係ない人が動画をつくるのとでは、
信憑性がちがう。
今また、船木ヒクソン戦が注目され、やはり
高田延彦に真実を語って欲しいところである。
道場で強かったのは高田、という説もあるし、
猪木さんは、よりによって一番弱いのが
出ていったという。
そして、高田や前田氏は、ファンに対して
生き方をしめすべきだ。つまり、
愛着障害をかかえたファンに対して、
今のプロレスはサーカスであるし、
総合はボクシングのようなものだから、
ファンは着地点がないのである。わたしが楽しみなのは、
マンガ、キン肉マンの更新日である。
ゲームをつくってもいいだろう。
しかし、高田延彦がこれに気づくのも、
時間の問題ではなかろうか。
馴れ馴れしいというのは、文字通り、距離が近いだろう。
馴れ馴れしい人が、今、北極に住んでいるとか、
南極にいるといわれても、そんなの知るか、
凍えればいいじゃないかとなる。
馴れ馴れしい人が、近くにいるから、問題なのだ。
こんな体験がある。
わたしは高校を卒業して、予備校へ通
ただ、わたしは、人に馴れ馴れしいかといえば、
むしろ、一人でいる方が好きである。
一人でいるかぎり、他人に迷惑かけないだろうという発想だ。
しかし、愛着障害は2種あり、
馴れ馴れしさは、もうひとつの愛着障害かなと思う。すこし書いてみよう。
母親と非常に中の良さそうな男子がいて、
いまだに乳離れしてないなと思う。
父について聞いてみると、尊敬しているというし、
父親の音楽の趣味を、そのまま継承したような男子で、
見るからに幸福そうだが、いつも不満ばかりいうネガティブな男だ。
そしてそこに馴れ馴れしさがあるかもしれない。
もうすこし書こう。
この場合、親が危機を感じ、子を遠ざけた例である。
子供の方は、突然、遠ざけられたものだから、
他者関係が築けずに、他人に対して、家族的に接してしまう、
あるいは、他者に対して、家族同様のものを期待して
失望し、孤立するパタンだ。
つまり、家庭が完全な場なのだが、そのままでは
この人はニートになってしまう。そこで遠ざけたが
少々遅かったのだろう。
この場合、他人は両親のようにキミを受け入れないというのを
自覚させるしかない。恋愛関係においても、きっとうまくいかないのでは
なかろうか。
”会社できれるのは、家庭で認められなかったから”
愛着障害に関連して、身近にどうも不満ばかりいう人がいる。
何が満たされないのだろうと思うが、どうも
家庭で認められないのだろう。
パタンを考えてみよう。
家庭で認められ、会社でも認められる。
家庭で認められず、会社で認められる。
家庭で認められ、会社で認められない。
家庭で認められず、会社で認められない。
以上、4つだ。
まず、最初の例だが、これは稀なケースで、
家庭で認められつつ、一流会社に入社したとか、
最高の野球選手になった、などのケースである。これはとばそう。
3の場合は、ひきこもりになる確率が高いだろう。
今、言及したいのは4であり、家庭で認められた、成功経験を持たないと、
社会的に失敗したときに、むきになってしまわないか。ひどい場合は
会社を辞めてしまうだろう。
つまり、家でも認められず、なぜここでも認められないか、となってしまう。
逆をいえば、家で認められるから、職場で問題が生じてものりこえられる。
先述した、田尾氏の例がよい例であり、妻が栄転と言ったことで、
氏はその事態をのりこえられたのだろう。つまり、職場で認められないことは
茶飯的であり、妻が認めてくれたからつづいた例である。
プロレスは、愛着障害。
このことばは、結構重い。
つまり、その中心いた猪木さんが他界されたからだ。
そこで出てきたのが、前田氏らの対談で、船木、ヒクソン戦だ。
また、この試合が注目されるときがきた。
つまり、親子の愛着に欠けるファンの、存在のよりどころが
プロレスであり、それが柔術に負けたからである。
タイミング悪く、ヒクソンは引退してしまい、桜庭がホイスをやぶったが、
タオルインによる勝利だった。
だから、桜庭、前田、船木が対談して、
プロレスラーはほんとは強いんだ、と言っても、
サクは、どちらかといえば、総合の選手だから
説得力に欠ける。やはり、高田が出てきて、
2試合とも、プロレスルールだったと公表すべきだろう。
子供時代に、親と適切な関係を築けなかった人は多そうだ。
しかし、ユーチューブ時代だから、カウンセラーも
動画を出しているし、同じような経験をした人から学んで、
現在をよい現在にすべきである。
親が子を認めない場合、小さな成功体験でいいから、
認められる職場で働くのもいいかもしれない。
その場合、両方はとれないので、職場を優先するといった
選択が正しい。
愛着障害には2種あるそうで、その中に馴れ馴れしい人とあった。
しかし、わたしはどちらかというと、他者と距離をとるタイプだ。
この距離感が、2種類あるのではなかろうか。
馴れ馴れしくなってしまう場合は、相手を他者として見ていない場合だろう。
親が溺愛したかどうか知らないが、一般的な他者を、家族というか
親と同視してしまい、期待にこたえてくれないと、激怒してしまう。
非常に子供っぽい態度を出してしまうが、本人にとっては障害だから、
障害をなおした方がいい。
もうひとつは、親が子を認めない場合で、愛着障害と承認欲求が
渾然一体となってしまっている。簡単なのは、彼の親が彼を認めること。
ねぎらいの言葉を彼にかける親であれば、よかったのである。
”親が子を認める?”
この話になると、以前流行した承認欲求問題になる。
ただ、親が否定しつづけると、子は、世界一になる以外ない。
しかし、たとえば、イチローは現在、満たされているのだろうか?
聞いた話だと、国内的に好成績を残したにもかかわらず、
その記録がたいしたことないと言われたそうだ。だから、
海外に挑戦して、アメリカでも活躍した。父は彼を認めただろうか?
こうなってくると、世界一というのは少々難関である。
だから、メンタリストのいうように、小さな成功体験をめざすという
考えがある。例えば、草野球でヒットを打つ。あるいは、
予選でヒットを打つ。予選にメンバーとして出場する。
父でなく、自己が認めるところの自己になる必要があるだろう。
今後、クランケと接点があるかもしれないが、そのときはまた書く。
プロレスが愛着障害なら、その中心にいた人が他界され、
危機的状況にある。そんな中、有田哲平の更新が待ち遠しい。
非公式の動画はたくさんあるが、ほんとかどうかわからない。
しかし、有田なら、憶測で話すことはできないだろう。
テレビ関係者だから、テレビに関係ない人が動画をつくるのとでは、
信憑性がちがう。
今また、船木ヒクソン戦が注目され、やはり
高田延彦に真実を語って欲しいところである。
道場で強かったのは高田、という説もあるし、
猪木さんは、よりによって一番弱いのが
出ていったという。
そして、高田や前田氏は、ファンに対して
生き方をしめすべきだ。つまり、
愛着障害をかかえたファンに対して、
今のプロレスはサーカスであるし、
総合はボクシングのようなものだから、
ファンは着地点がないのである。わたしが楽しみなのは、
マンガ、キン肉マンの更新日である。
ゲームをつくってもいいだろう。
しかし、高田延彦がこれに気づくのも、
時間の問題ではなかろうか。
馴れ馴れしいというのは、文字通り、距離が近いだろう。
馴れ馴れしい人が、今、北極に住んでいるとか、
南極にいるといわれても、そんなの知るか、
凍えればいいじゃないかとなる。
馴れ馴れしい人が、近くにいるから、問題なのだ。
こんな体験がある。
わたしは高校を卒業して、予備校へ通
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2022-12-08 04:07
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