05 BATTLE WITH ONESELF 02

「無課金の剣姫」

神代明夫(くましろあきお)と姉の渚(なぎさ)がBWO(バトルウィズワンセルフ)をプレイし始めて1週間が経過した。試合数は多くはないが全戦全勝という好成績を残している。喜ばしい戦績に浮かれつつも明夫は暇さえあればBWOで勝ち抜く方法を考えていた。ネット上でBWOについて情報収集をしているととある記事を見かけた。記事の見出しには「無課金の剣姫使い」と書いてある。どうやらこのキャラクターを使ったプレーヤーがおり凄まじい勝率を叩き出しているらしい。使用キャラクターは最初期の頃から人気のある女騎士マリア。金髪碧眼の人型女性のキャラクターであり、秀で優れた性能はないが扱いやすいという点から初心者にも好まれて使われている。記事に載っているこのキャラクターについては、装備はほぼ初期状態、オプションのデコレーションすらない質素なものであった。その情報を見て、明男は真の強者であると予測する。記事に取り上げられているので当たり前ではあるが、このプレーヤーが明夫と渚と同様、試合に勝つことだけを目的としたプレーヤーであるからであった。人気を得るためのデコレーションにすら興味がない人物。もしこのプレーヤーと対戦にすることとなったらと一度は想像したが、滅多に起きえない不安を考えても仕方ないと開き直り、明男は別の記事に目を通すのであった。
土方吏(ひらかたつかさ)は警察官僚の父を持つ青年である。幼少期から父と共に剣道を極め、今では剣道有段者、全国大会でも上位入賞するほどの実力を持つ。厳しい教育により娯楽の制限がある彼だが、唯一許されているゲームがあった。BWO。トレース式コントロール格闘ゲーム。身体を動かすことでの健康維持と、様々な格闘技に触れることで武を極めるためになるのであればと父は快く了承してくれた。今日も彼は息抜きにそのゲームをプレイする。気軽に始めたこのゲーム、剣術を扱えるキャラクターと扱いやすさから女騎士マリアだけを使うようになってここ数ヶ月。いつからかこのゲーム界で彼は無課金の剣姫使いと呼ばれるようになった。記事に取り上げられるほどの話題の人物だが、プレイ以外に興味のない彼はその事実を知る由もなかった。オンライン対戦を数試合こなし当たり前のように勝利数を稼ぐ彼はより強いプレーヤーはいないかと対戦プレーヤー検索機能で探してみる。すると一人のプレーヤーが目に止まった。使用キャラクターは英雄ブレイブリー。試合数は少ないものの全勝の戦績を残している。ゲーム知識の浅い吏でもこのキャラクターブレイブリーの高何度操作性については知っている。それを持ってもこの戦績。好敵手となるのではないだろうか、久々に感じる高揚感を抱え吏はこのブレイブリー使いに対戦申し込みをするのであった。
明夫は飲んでいた缶ジュースを吹き出した。放課後のルーティーンとなっているゲームセンターでのBWOオンライン対戦にて初めて申し込みをされたのだが、その対戦相手がなんと巷で噂の無課金の剣姫使い。急いでプレーヤーの姉、渚にこの状況と対戦相手について説明をする。ここ最近は勝ち続けていたせいでマンネリ化していた渚はその話を聞いて目を輝かせ、その大戦に応じる。試合開始前の準備や注意点を打ち合わせているうちに試合開始時間になった。明男は剣姫マリアの全貌を見ると驚愕の表情とともに姉へ距離を取るように伝える。しかし遅かった。そして無駄だった。開始時間10秒、剣姫マリアの連撃が終わると同時に画面に現れるK.O.の二文字。スローモーションで宙を舞う英雄ブレイブリーは力なく地面に叩きつけられていた。姉弟が初めて体験する敗北は余りにもあっけなかった。そして渚はこの状況に混乱していた。何も出来なかったからではない。やれること全てをやってこの結果だったからだ。そんな姉とは逆に明男は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。剣姫マリアの装備はほぼ初期状態。装備にはキャラクターの攻撃力や耐久性能を上げるメリットがあるがハンデとして動作が遅くなるというデメリットもある。それを最低限に止めればプレーヤーの動作とほぼ同じ動きを使用キャラクターが再現できるということになる。また、剣姫マリアの唯一の武器の剣だが、本ゲーム内で難易度が最高クラスに設定されているミッションをクリアしたプレーヤーだけが得られる超レアアイテムであった。追加の装飾オプションが出来るように無加工だと質素な見た目をしているがその性能は本ゲーム内で最高クラスの攻撃力を誇る。また実際にこのアイテムを持っているプレーヤーは世界で数人とこのゲーム会では推測されている。つまるところ、優れた身体能力を有し、最小限の装備と最高クラスの武器による超攻撃型の対戦相手に完敗してしまったのだ。ここまでの乾杯に明男は逆に清々しく思えた。納得のいかない表情でゲームステージから降りてくる渚と彼女をなだめる明夫の二人は反省会をしながら家路に着いた。
夕暮れどきの土方家。仕事で忙しい父はおらず、母と吏の2人だけの食事。いつもは静かであるが今日は違う。司は今日のBWOの詳細を嬉しそうに母に話し、母も嬉しそうに返事をしていた。話の内容はゲームの試合に勝ったことについてではない。良き好敵手を見つけたことであった。吏が操作する剣姫マリアの与えた斬撃を全て反応し受けきった英雄ブレイブリー使い。防御の上からでもダメージを与えられる斬撃のため防御に意味はないのだが、全てに反応し防御されたのは初めての経験だった。おそらくほぼ初心者であろう英雄ブレイブリー使いの今後の成長に吏は勝手ながら大いに期待をしていた。

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2023-10-15 23:40

 legotora


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