第一話│３＋６＝９は、未練

【澪の感情演算：足し算編】(一年生)

ズ……ズズ…… ズ……ズズ……ッ

テスト中に聞こえる、鼻をすする音と、静かな涙の気配。 誰も振り返らないけれど、教室中がその“空気”を知っていた。

先生（心の声） ……またか

6年生、最後の算数テストの日── 俺は、またため息をついていた。

問題が難しいわけじゃない。 時間が足りないわけでもない。

ただ── この子だけは、“答え”が怖くて、書けないのだ。

あいつの中では、0〜9の数字ひとつひとつに“人格”があって、 計算して導き出される“答え”には、10通りの感情的な結末があるらしい。

別れとか、未練とか。 計算するだけで、誰かが壊れると信じてる子なんだ。

テスト前

澪（深く息を吸って） ……よし、やるぞ

両手で頬をパチンと叩く。 その顔は少しこわばっていて、でも覚悟の色がにじんでいた。

思えば── 私の6年間って、いったいなんだったんだろう……

一・二年生の頃の記憶 足し算編 「足しちゃダメなふたり」

黒板に書かれた問題： 3 ＋ 6 ＝ 9

澪の脳内暴走：

っ……こ、これは……ダメ、絶対……！！ 三ツ矢くん（3）とムスカくん（6）！？ そのふたりを足すなんて……そ、それってもう……未練の9じゃん……っ 惹かれ合ったのに、重なりすぎて、終わったあとに残るのは執着だけ……っ それ、関係の焼け跡に立ち尽くすやつだよ……っ！！ しかも……それを足し算で、答えにするなんて…… そんなの、救いじゃない。呪いだよ……っ////

クラスでのやり取り

先生「澪、この問題を黒板に──」

澪（ガタッと立ち上がる）「む、無理です！！」

クラス（……また始まった）

澪（真っ赤な顔で震えながら） こんな……感情を勝手に結論にしないでください……！ 三ツ矢くんとムスカくんはまだ、まだ終わってないんです……！！

先生（動揺しながら） み、澪……？ おまえ、いったい何を──

澪（机を叩くように叫ぶ） あの二人を！別れさせるようなことをしないでくださいっ！！

教室は、時が止まったかのように静まり返った。

クラスメイト（全員心の声） ……しーーーーん……

先生（混乱） さ、3と……6が……別れる……？

モブ女子（小声で） 前の先生、3ヶ月で入院しちゃったんだよね……

モブ男子（青ざめながら） この先生も……3ヶ月後には……

1週間前

澪（涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら） 先生っ……！ この答えで本当にいいんですか……！？ 良心に問うてみてください……グスッ……ヒク……ヒクッ……！

前担任（目が虚ろに） お、俺が……間違っていたのか……俺が……母さん…ごめん…俺もう…

(1週間後に退職)

現在

委員長（冷静に、もはや諦めの表情） ……先生はまだわかってない。この子に算数を教えるのは、命を削る仕事なんだってことを。

澪（ふるふる震えながら） うぅぅ……っ

ノートの片隅に書かれたメモ：

3 ＋ 6＝9 惹かれすぎて壊れた2人。 でも気持ちは残った。 それが「9」──未練って、消えない式。 私は絶対に忘れないよ。

エンディングナレーション（澪）

私には、数字が感情に見える。 そして、足し算はいつも“出会い”じゃない。 感情の加速なんだ。 ……だから、誰を足すかは、ちゃんと選ばなきゃ……