父【深淵に臨む・第4章】
任務を終えて屋敷に戻ると、歩哨の姿が何処にも見えない。
…嫌な予感がした。
「警戒を、厳に!」
各々に武器を構え、半開きになった門から屋敷へと入る。
進めば進むほど、芯から凍りつくような冷気が強まって行く。
中庭まで差し掛かった時。
そこには凍りついた骸と、闊歩する首の無い武者たちの姿。
そして凄惨極まる光景を尻目に、凍りついた噴水の縁に俯きながら腰かける男。
「…待ちわびたぞ、柊」
言って、彼は虚ろな眼を向ける。
「父さん…」
それは紛れもなく10年前に失踪した、私の父だった。
「トウジ、貴様…!」
傍の副官から戸惑いと堪えきれない怒気を感じる。
「久しいな、サーシャ。
菫とは、既に会ったようだが」
彼がその名を口にした時、疑念は確信に変わった。
やはりあの怪異は、母の成れの果て。
「どう、して…?」
掠れた声でそう漏らす。
肉親の狂気に、私はただ狼狽するしかない。
「…実の娘を顧みず、あまつさえ奥方の魂まで冒涜するのか!」
更に語気を荒げるアレクサンドル。
「私は潰す。
欺瞞に満ちた“安寧”を。
菫は生まれ変わる。
人を超越した存在として。
この“天逆鉾(アメノサカホコ)”が、悲願を成就させてくれるだろう」
禍々しい妖気を纏う槍を見やりながら、父は感情を一切交えずに返す。
「お前たちも見て来た筈だ、奇跡の一端を。
生と死の境は消え、世の理は意味を失い、現実と幻想とが混ざり合う。
その渾沌こそが、真の“安寧”をもたらすのだ」
「…世迷いごとを!」
吹雪の中、対峙する私たち。
暫し、緊迫した時だけが過ぎる。
「…猶予をくれてやる。
選べ。矮小な秩序に縋って死ぬか、それとも私につくか。
“城”で待っているぞ」
沈黙を破り言い放ってから、闖入者たちは紫煙の中へと消えて行く。
そんな父の背中を見つつ、心の中で思う。
貴方は一体どこで道を踏み外したのか、と。
次→illust/95118438
前→illust/93627790
最初→illust/90403314
…嫌な予感がした。
「警戒を、厳に!」
各々に武器を構え、半開きになった門から屋敷へと入る。
進めば進むほど、芯から凍りつくような冷気が強まって行く。
中庭まで差し掛かった時。
そこには凍りついた骸と、闊歩する首の無い武者たちの姿。
そして凄惨極まる光景を尻目に、凍りついた噴水の縁に俯きながら腰かける男。
「…待ちわびたぞ、柊」
言って、彼は虚ろな眼を向ける。
「父さん…」
それは紛れもなく10年前に失踪した、私の父だった。
「トウジ、貴様…!」
傍の副官から戸惑いと堪えきれない怒気を感じる。
「久しいな、サーシャ。
菫とは、既に会ったようだが」
彼がその名を口にした時、疑念は確信に変わった。
やはりあの怪異は、母の成れの果て。
「どう、して…?」
掠れた声でそう漏らす。
肉親の狂気に、私はただ狼狽するしかない。
「…実の娘を顧みず、あまつさえ奥方の魂まで冒涜するのか!」
更に語気を荒げるアレクサンドル。
「私は潰す。
欺瞞に満ちた“安寧”を。
菫は生まれ変わる。
人を超越した存在として。
この“天逆鉾(アメノサカホコ)”が、悲願を成就させてくれるだろう」
禍々しい妖気を纏う槍を見やりながら、父は感情を一切交えずに返す。
「お前たちも見て来た筈だ、奇跡の一端を。
生と死の境は消え、世の理は意味を失い、現実と幻想とが混ざり合う。
その渾沌こそが、真の“安寧”をもたらすのだ」
「…世迷いごとを!」
吹雪の中、対峙する私たち。
暫し、緊迫した時だけが過ぎる。
「…猶予をくれてやる。
選べ。矮小な秩序に縋って死ぬか、それとも私につくか。
“城”で待っているぞ」
沈黙を破り言い放ってから、闖入者たちは紫煙の中へと消えて行く。
そんな父の背中を見つつ、心の中で思う。
貴方は一体どこで道を踏み外したのか、と。
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2021-12-08 23:42
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