能ある鷹は(ストーリー付き)
「彼女が『私とスパーリングしてください』と言っています」
俺は通訳兼マネージャーだという女性の言葉に呆気にとられていた。
彼女は南米の女子ボクサーで…名前は聞いたがいまひとつ覚えられない。
他のジムの女子ボクサーと対戦する世界ランカーだそうで、2,3日このジムで練習をしていた。明日からはまた次のジムで最後の追い込みをするとか。
いつの間にかヘッドギアを着け、グローブもはめて準備万全な彼女は脇でニコニコ笑っている。
「なんで俺?…このジムには女子もいるし…」
「『あなたが一番強そうだから』だそうです」
「へぇ…」
当たり。
俺はこのジムの出世頭で日本王者。でも、俺の成績を誰かから聞いたのかもしれないし。
彼女をまじまじと見る。
澄んだ目が印象的な、整った顔立ち。褐色というよりも赤褐色に近い肌に、下着のような赤い上下のトレーニングウェアがよく映える。
そのトレーニングウェアがはちきれそうなほど豊満な胸とお尻…それでいてしっかりと割れた腹筋、腕や脚にも筋肉が確かめられ、間違いなく鍛え抜かれたボクサーの体であることを示していた。
「あの…」
思わず彼女を観察していた俺は、通訳の声で我に返った。
「スパー、か…」
少し考えて、正直に答える。
「実は来月試合で減量中なんだけど…今、まさに状態最悪なんだ。彼女もプロボクサーだろ?鍛えているのかは体を見ればわかるし、軽いシャドーしてるのを見ただけでもかなりやるのはわかる…最悪の状態でスパーするのは彼女にも失礼だ」
女子とのスパーへの抵抗も無いわけではないが、こんなに状態が悪い時にやるのは相手に失礼、というのは本心だ。
通訳の答えを聞くと、彼女は残念そうな顔になり、続けて何か言った。
「『あそこの彼はどうですか』と」
なるほど、見る目はあるようだ。あいつは若いけど、将来を嘱望されているボクサーだ。
俺が声をかけると、あいつは「いいっすよ」と二つ返事だった。
---
そして、始まったスパーは…驚くべき内容だった。
様子見の牽制から始まったスパーは、30秒経過したあたりで流れが変わった。
「彼女、仕掛けますよ」
「えっ?」
聞き返そうとした、一瞬。ほんの2,3秒であいつは文字通りボコボコにされていた。おそらく、何発パンチを浴びたかあいつ自身もわかってないのではなかろうか。俺も…10発どころじゃない、としか。何だ、あのスピードは…。
「今のは『速いパンチ』…全てスピード重視で当てることを考えたパンチでした」
通訳の言葉に何か返そうとして時計が目に入る。1分に差し掛かっていた。1ラウンドの半分。
「ここからは『効くパンチ』です」
背筋がぞくっとした。
次の一撃は凄まじかった。
あいつのガードの上から、右ストレート。
あいつが大きく後ろによろけ、背中をロープに預けた。さっきのパンチより、明らかにこめられたパワーが違う。
彼女はロープに追い詰めたままラッシュ。
あいつも必死にガードするが、手数が多い彼女の攻めに何発かガードし損ねてもらってしまっている。
捻りの効いたストレートがあいつの顔を歪ませる。効いている…
彼女はハードパンチャーだ。間違いない。
あいつのガードが下がる。
「フィニッシュブローが出ます」
通訳の声にはっとなる。
彼女の顔があいつの目の前に迫る。そして、右拳を腰だめに逆手で構えている彼女。狙いを定めているのは、あいつの顎…
止めなきゃ…俺が気付くのは一瞬遅く、既に彼女の右拳はがら空きの顎をめがけて発射された所だった。
彼女が拳を振り上げた次の瞬間…あいつがすとんとリングに尻を落とす。
ロープに手を掛けた俺に、あいつの呆けたような顔が目に入る。
ポカンと空いた口からマウスピースがはみ出て、ぼとりと落ちる。
あいつが絞り出すように言う。
「…空振りかよ…」
そう、空振りだった。
彼女の右拳はあいつの顎に向けぐんぐんと迫り、今にも捉える寸前…僅かに彼女側に軌道がずれて、空振りした。
わざと外した…
それにしても、風を切る音が聞こえてくるようなパンチだった。
尻もちをついているあいつの鼻の頭に目が行く。突き出た先端だけ、赤くなっている…
もしあのまま顎を撃ち抜いていたら…。
そして、カーンと音が鳴る。2分経過、1ラウンド終了。
騒がしいジムで、このリングのある一角はまるで時が止まったかのように静まり返っていた。
拳を振り上げたまま余韻を楽しんでいるかのようだった彼女が、そのままの体勢で首だけ少しこっちに向け、ぱくぱくと口を動かす。
「『やりすぎちゃったかな?』と言ってますね」
「…」
そして、またカーンと音が響く。
「ま…まだだ、まだやるぞ!おい…」
「このへんにしとこうか」
あいつがよろよろと立ち上がり怒鳴りかけたのをトレーナーさんが制する。おそらく、彼女の圧倒的な強さを見て取ったのだろう。それこそ、あいつが本気で全力を出したとしてもかなわないほどだ、と。
トレーナーさんがあいつをなだめる中、リングから降りて、通訳にヘッドギアを外してもらい、汗を拭いてもらう彼女。
グローブを外そうとした所で、彼女が俺のほうを見た。
通訳に向け、一言…通訳はすぐに訳してくれた。
「『どうでしたか?』だそうです」
「…君は強いな」
通訳の声を聞き、俺の顔を見て、彼女は良い笑顔でポーズを取ってみせ、俺にウインクをくれた。
---
その数日後、彼女の試合が行われた。結果は、彼女の2ラウンドKO勝ち。しかしその内容は、俺から見れば拍子抜け。
初回の序盤からジャブを当てて優勢に進め、2ラウンド中盤に右ストレートがきれいに決まってのKO。
だが、彼女のパンチは先日のスパーに比べて明らかに鈍かった。あの黒豹のような獰猛さはどこに行ったんだ。
控室に引き上げた彼女に会いに行く。
笑顔の彼女を横目に、通訳に話しかける。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「1つ聞きたい…彼女は先日のスパーとは別人のようだった。どういうことだ?」
訳された言葉に背筋が凍る。
「『私の仕事は相手をKOすることで、殺すことではないからです』」
「…」
確実に勝つ。でも、相手の力量を把握して、無駄にダメージを与えることはしない…ということか。
そういえばスパーでやられたあいつも、翌日からは普通に練習している。まぁ、トラウマは残ったかもしれないが…。
彼女は続けて通訳に何かを言った。
「『今度日本に来た時は、是非スパーリングしてください』と言ってます」
…彼女は、俺相手だったらどれくらいの力を出すんだろう。
「…来るなら早めに教えてくれ。俺にも調整があるから」
その言葉を聞くと、彼女はまた良い笑顔を見せた。
~~~
余談。最初は彼女は交換留学生の設定で話を用意してました。
おまけとして、今回衣装のスクショ2枚、交換留学生設定のブルマ姿のスクショも2枚載せておきます。
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俺は通訳兼マネージャーだという女性の言葉に呆気にとられていた。
彼女は南米の女子ボクサーで…名前は聞いたがいまひとつ覚えられない。
他のジムの女子ボクサーと対戦する世界ランカーだそうで、2,3日このジムで練習をしていた。明日からはまた次のジムで最後の追い込みをするとか。
いつの間にかヘッドギアを着け、グローブもはめて準備万全な彼女は脇でニコニコ笑っている。
「なんで俺?…このジムには女子もいるし…」
「『あなたが一番強そうだから』だそうです」
「へぇ…」
当たり。
俺はこのジムの出世頭で日本王者。でも、俺の成績を誰かから聞いたのかもしれないし。
彼女をまじまじと見る。
澄んだ目が印象的な、整った顔立ち。褐色というよりも赤褐色に近い肌に、下着のような赤い上下のトレーニングウェアがよく映える。
そのトレーニングウェアがはちきれそうなほど豊満な胸とお尻…それでいてしっかりと割れた腹筋、腕や脚にも筋肉が確かめられ、間違いなく鍛え抜かれたボクサーの体であることを示していた。
「あの…」
思わず彼女を観察していた俺は、通訳の声で我に返った。
「スパー、か…」
少し考えて、正直に答える。
「実は来月試合で減量中なんだけど…今、まさに状態最悪なんだ。彼女もプロボクサーだろ?鍛えているのかは体を見ればわかるし、軽いシャドーしてるのを見ただけでもかなりやるのはわかる…最悪の状態でスパーするのは彼女にも失礼だ」
女子とのスパーへの抵抗も無いわけではないが、こんなに状態が悪い時にやるのは相手に失礼、というのは本心だ。
通訳の答えを聞くと、彼女は残念そうな顔になり、続けて何か言った。
「『あそこの彼はどうですか』と」
なるほど、見る目はあるようだ。あいつは若いけど、将来を嘱望されているボクサーだ。
俺が声をかけると、あいつは「いいっすよ」と二つ返事だった。
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そして、始まったスパーは…驚くべき内容だった。
様子見の牽制から始まったスパーは、30秒経過したあたりで流れが変わった。
「彼女、仕掛けますよ」
「えっ?」
聞き返そうとした、一瞬。ほんの2,3秒であいつは文字通りボコボコにされていた。おそらく、何発パンチを浴びたかあいつ自身もわかってないのではなかろうか。俺も…10発どころじゃない、としか。何だ、あのスピードは…。
「今のは『速いパンチ』…全てスピード重視で当てることを考えたパンチでした」
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「ここからは『効くパンチ』です」
背筋がぞくっとした。
次の一撃は凄まじかった。
あいつのガードの上から、右ストレート。
あいつが大きく後ろによろけ、背中をロープに預けた。さっきのパンチより、明らかにこめられたパワーが違う。
彼女はロープに追い詰めたままラッシュ。
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捻りの効いたストレートがあいつの顔を歪ませる。効いている…
彼女はハードパンチャーだ。間違いない。
あいつのガードが下がる。
「フィニッシュブローが出ます」
通訳の声にはっとなる。
彼女の顔があいつの目の前に迫る。そして、右拳を腰だめに逆手で構えている彼女。狙いを定めているのは、あいつの顎…
止めなきゃ…俺が気付くのは一瞬遅く、既に彼女の右拳はがら空きの顎をめがけて発射された所だった。
彼女が拳を振り上げた次の瞬間…あいつがすとんとリングに尻を落とす。
ロープに手を掛けた俺に、あいつの呆けたような顔が目に入る。
ポカンと空いた口からマウスピースがはみ出て、ぼとりと落ちる。
あいつが絞り出すように言う。
「…空振りかよ…」
そう、空振りだった。
彼女の右拳はあいつの顎に向けぐんぐんと迫り、今にも捉える寸前…僅かに彼女側に軌道がずれて、空振りした。
わざと外した…
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だが、彼女のパンチは先日のスパーに比べて明らかに鈍かった。あの黒豹のような獰猛さはどこに行ったんだ。
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「1つ聞きたい…彼女は先日のスパーとは別人のようだった。どういうことだ?」
訳された言葉に背筋が凍る。
「『私の仕事は相手をKOすることで、殺すことではないからです』」
「…」
確実に勝つ。でも、相手の力量を把握して、無駄にダメージを与えることはしない…ということか。
そういえばスパーでやられたあいつも、翌日からは普通に練習している。まぁ、トラウマは残ったかもしれないが…。
彼女は続けて通訳に何かを言った。
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…彼女は、俺相手だったらどれくらいの力を出すんだろう。
「…来るなら早めに教えてくれ。俺にも調整があるから」
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おまけとして、今回衣装のスクショ2枚、交換留学生設定のブルマ姿のスクショも2枚載せておきます。
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2022-01-04 18:57
Comments (1)
CUTE!