月影にわが身をかふるものならば
好文木本丸の初期刀、蜂須賀虎徹は悩んでいた。
昨夜、久しぶりに顕現したレア刀のふた振り──そのうちの一振りの扱いについてである。
霊力の偏りのせいか、鍛刀すれどもドロップすれどもほぼ全部「鶯丸」だった好文木がついに降ろした「三日月宗近」は、レア5の天下五剣。レア刀を集めろと日頃うるさい自称エリートの担当役人も文句を言えないレア度。その点では喜ばしいことだ。
しかし、今の好文木本丸では当分来て欲しくなかった刀なのだ。
理由はひとつ。好文木の「妹」の暁月の存在だ。
花街生まれの幼い少女は、夜色の瞳に欠けた月を宿す。彼女の「父親」が誰なのかはその瞳を見れば一目瞭然だ。
生まれる前に「俺の子では無い」と父に捨てられ、生まれてからは「お前のせいで」と母に罵られ、望まれぬ「夢の子供」として育った暁月にとっては、古ぼけたキノコのぬいぐるみの付喪神が唯一の友で、花街から救い出してくれた好文木が唯一無二の信じられる人間だった。
好文木の根気強い努力で、「刀剣男士嫌い」と「人間不信」は少しずつ治ってきて、「好文木本丸の刀剣男士」に限って会話もできる程度になっている。しかしいまだに、保護施設の職員や他の本丸の刀剣男士達には不信感と嫌悪が根強いと聞く。
そんな彼女が「父親」の同位体と顔を合わせて平気でいられるだろうか? 無理だろう。
「あのバカ天下五剣、なんだって勝手に顕現したんだ!」
百歩譲って降りてきたのはいい。顕現さえしなければ、暁月の様子を見て徐々に慣れさせることもできたのだ。なのにいきなり主を昏倒させるという最悪の出現。
暁月の好感度はゼロどころかマイナスだろう。
「まったく……どうしたものか」
暁月が本丸に滞在している間だけでも、三日月を謹慎させておけばなんとか……いや、いずれ顔を合わせるのは避けられない。あのマイペースの権化みたいな平安刀の徘徊爺、迷い出てくる可能性は大ありだ。だいたい、止めて聞くようなら勝手に顕現したりしないだろう。
「顔を……せめて目を見せなければいいのか?」
暁月は自分の本当の「父」が三日月宗近という名だと知らない。そもそも実父が刀剣男士だと思ってもいない。刀剣男士と花街の女との間に子が産まれるなど「あり得ない」から……客の「三日月」に本気の恋をし子を成した母親以外、誰もが彼女の父は人間だと思っていた。瞳に月が浮かぶまで、好文木も三日月の娘だとは思いもしなかったのだ。
父親(同位体)と知らない状態からなら、関係を築いていくことができるか?
「三日月の目を隠すものがあれば……そうだ」
そして蜂須賀虎徹は、通販でとあるモノをポチった。
謹慎中の鍛刀部屋にて。
「俺の娘?」
「同位体だが。花街の太夫と子まで成したのに自分の子ではないと酷い言葉を吐いて捨てたそうだ。太夫は狂死、娘は孤独のあまり呪いで花街を満たそうとした。そんな言語道断な同位体と同一視されたいか?」
「それは嫌だなぁ」
自分ではない自分のせいで、幼な子に憎まれるのは不本意だ。まして愛らしい女童ならば是非会って愛でたい。
「だから、これを使ってみてくれ」
蜂須賀が差し出したのは、黒い「サングラス」だった。
これなら完全に目元が隠れるし、脱着も容易い。眼鏡男士は何振りも居るから……
「おお、これは真っ暗だな? おおおっ!?」
玩具にはしゃぐ子供のようにサングラスをかけて歩いた三日月が、鍛刀用の資源箱に頭から突っ込んだ。小さい妖精さん達がおろおろしている。
「………太刀は夜目が利かないんだった」
作戦その1、失敗。
蜂須賀虎徹は考えた。
視界を奪う濃いサングラスは不可。
だが、あの顔を隠すナニカが必要だ。暁月の視線を逸らし、できれば好感度を上げることができるモノ……暁月の好きなもの……
『んふんふ♡』
蜂須賀の脳裏に浮かんだのはゆるい笑顔を浮かべて自分にまとわりついてくるキノコ型式神……なめ藤の姿だった。
「お前は呼んでないっ」
んふんふ、んふんふ、祓っても祓っても頭の中から消えない小さいキノコの幻聴を聞いているうちに、蜂須賀ははたと気付いた。
「そうだ」
蜂須賀虎徹は通販でとあるモノをポチった。
通販の受け取り箱からいそいそと部屋に戻る途中、
「あれ、蜂須賀兄ちゃん。何抱えてんの?」
「大荷物だな。手伝おうか」
浦島虎徹と長曽祢虎徹が廊下の向こうからやって来た。
「贋作に手伝って貰うことなどない」
「ってか、工作でもすんの? 長曽祢兄ちゃんって手先器用なんだよ。俺も手伝うからさ、一緒に作ろうよー。俺、兄ちゃんと一緒にやりたい!」
にぱっと太陽のように笑う弟の善意百パーセントの申し出に、兄は抗う術を持たなかった。
ついでながら、ここの蜂須賀虎徹はたいへん「不器用」であった。
「蜂須賀にいちゃんっ、それじゃどう見ても怪異だよぉっ!? 暁月ちゃん泣いちゃうよ!」
「貸してみろ。できるだけ可愛らしく手本に似せてみる」
「うぎいいいっっ!」
悪戦苦闘()の末、完成した品物を鍛刀部屋へ持って行くと、三日月宗近は鷹揚に頷いてそれを装着した。
「あなや、最近のかぶりものはなかなか面妖だな、はっはっはっ」
かくて、キノコ型式神の頭部(ダンボール製)を被った天下五剣というトンデモ愉快な刀剣男士が爆誕した。
必死に爆笑を堪える刀剣男士達の中、
「ありがとう、三日月! これなら(顔が見えないから)大丈夫だ」
喜んでいたのは好文木だけで
「なんかいや………」
「んふんふ! んふんふ!(あれニセモノ! 仲間違う!)
肝心の暁月は、借りてきた猫の子のように警戒心ばりばりで、物陰から出てこなかった。
「あなやー」
せっかく娘の好きなものに「変装」したのに…としょげる愉快な天下五剣(ダンボールな●このすがた)と月の子が、マトモに顔を合わせられる日は……まだまだ遠そうである。
月影にわが身をかふるものならば つれなき人もあはれとや見む
・・・・・
・・・・
・・
(オマケ)
月影にわが身をかふるものならば つれなき人もあはれとや見む
出典:古今和歌集
作者:壬生忠岑
意訳:もし私のこの身を月の光に変えることができたら、つれないあの人も、風情ある月を眺めるように私のことを見てくれるでしょうか。
恋しい人に振り向いて欲しくて、いっそ月になれたならと思う片思いの歌ですが。三日月さんの場合は可愛い娘の興味を引きたくてムーンライトプリズムメイクアーップしちゃったみたいです。ただ、報われる日は……いつなんでしょうねぇ(;^^)ヘ..
昨夜、久しぶりに顕現したレア刀のふた振り──そのうちの一振りの扱いについてである。
霊力の偏りのせいか、鍛刀すれどもドロップすれどもほぼ全部「鶯丸」だった好文木がついに降ろした「三日月宗近」は、レア5の天下五剣。レア刀を集めろと日頃うるさい自称エリートの担当役人も文句を言えないレア度。その点では喜ばしいことだ。
しかし、今の好文木本丸では当分来て欲しくなかった刀なのだ。
理由はひとつ。好文木の「妹」の暁月の存在だ。
花街生まれの幼い少女は、夜色の瞳に欠けた月を宿す。彼女の「父親」が誰なのかはその瞳を見れば一目瞭然だ。
生まれる前に「俺の子では無い」と父に捨てられ、生まれてからは「お前のせいで」と母に罵られ、望まれぬ「夢の子供」として育った暁月にとっては、古ぼけたキノコのぬいぐるみの付喪神が唯一の友で、花街から救い出してくれた好文木が唯一無二の信じられる人間だった。
好文木の根気強い努力で、「刀剣男士嫌い」と「人間不信」は少しずつ治ってきて、「好文木本丸の刀剣男士」に限って会話もできる程度になっている。しかしいまだに、保護施設の職員や他の本丸の刀剣男士達には不信感と嫌悪が根強いと聞く。
そんな彼女が「父親」の同位体と顔を合わせて平気でいられるだろうか? 無理だろう。
「あのバカ天下五剣、なんだって勝手に顕現したんだ!」
百歩譲って降りてきたのはいい。顕現さえしなければ、暁月の様子を見て徐々に慣れさせることもできたのだ。なのにいきなり主を昏倒させるという最悪の出現。
暁月の好感度はゼロどころかマイナスだろう。
「まったく……どうしたものか」
暁月が本丸に滞在している間だけでも、三日月を謹慎させておけばなんとか……いや、いずれ顔を合わせるのは避けられない。あのマイペースの権化みたいな平安刀の徘徊爺、迷い出てくる可能性は大ありだ。だいたい、止めて聞くようなら勝手に顕現したりしないだろう。
「顔を……せめて目を見せなければいいのか?」
暁月は自分の本当の「父」が三日月宗近という名だと知らない。そもそも実父が刀剣男士だと思ってもいない。刀剣男士と花街の女との間に子が産まれるなど「あり得ない」から……客の「三日月」に本気の恋をし子を成した母親以外、誰もが彼女の父は人間だと思っていた。瞳に月が浮かぶまで、好文木も三日月の娘だとは思いもしなかったのだ。
父親(同位体)と知らない状態からなら、関係を築いていくことができるか?
「三日月の目を隠すものがあれば……そうだ」
そして蜂須賀虎徹は、通販でとあるモノをポチった。
謹慎中の鍛刀部屋にて。
「俺の娘?」
「同位体だが。花街の太夫と子まで成したのに自分の子ではないと酷い言葉を吐いて捨てたそうだ。太夫は狂死、娘は孤独のあまり呪いで花街を満たそうとした。そんな言語道断な同位体と同一視されたいか?」
「それは嫌だなぁ」
自分ではない自分のせいで、幼な子に憎まれるのは不本意だ。まして愛らしい女童ならば是非会って愛でたい。
「だから、これを使ってみてくれ」
蜂須賀が差し出したのは、黒い「サングラス」だった。
これなら完全に目元が隠れるし、脱着も容易い。眼鏡男士は何振りも居るから……
「おお、これは真っ暗だな? おおおっ!?」
玩具にはしゃぐ子供のようにサングラスをかけて歩いた三日月が、鍛刀用の資源箱に頭から突っ込んだ。小さい妖精さん達がおろおろしている。
「………太刀は夜目が利かないんだった」
作戦その1、失敗。
蜂須賀虎徹は考えた。
視界を奪う濃いサングラスは不可。
だが、あの顔を隠すナニカが必要だ。暁月の視線を逸らし、できれば好感度を上げることができるモノ……暁月の好きなもの……
『んふんふ♡』
蜂須賀の脳裏に浮かんだのはゆるい笑顔を浮かべて自分にまとわりついてくるキノコ型式神……なめ藤の姿だった。
「お前は呼んでないっ」
んふんふ、んふんふ、祓っても祓っても頭の中から消えない小さいキノコの幻聴を聞いているうちに、蜂須賀ははたと気付いた。
「そうだ」
蜂須賀虎徹は通販でとあるモノをポチった。
通販の受け取り箱からいそいそと部屋に戻る途中、
「あれ、蜂須賀兄ちゃん。何抱えてんの?」
「大荷物だな。手伝おうか」
浦島虎徹と長曽祢虎徹が廊下の向こうからやって来た。
「贋作に手伝って貰うことなどない」
「ってか、工作でもすんの? 長曽祢兄ちゃんって手先器用なんだよ。俺も手伝うからさ、一緒に作ろうよー。俺、兄ちゃんと一緒にやりたい!」
にぱっと太陽のように笑う弟の善意百パーセントの申し出に、兄は抗う術を持たなかった。
ついでながら、ここの蜂須賀虎徹はたいへん「不器用」であった。
「蜂須賀にいちゃんっ、それじゃどう見ても怪異だよぉっ!? 暁月ちゃん泣いちゃうよ!」
「貸してみろ。できるだけ可愛らしく手本に似せてみる」
「うぎいいいっっ!」
悪戦苦闘()の末、完成した品物を鍛刀部屋へ持って行くと、三日月宗近は鷹揚に頷いてそれを装着した。
「あなや、最近のかぶりものはなかなか面妖だな、はっはっはっ」
かくて、キノコ型式神の頭部(ダンボール製)を被った天下五剣というトンデモ愉快な刀剣男士が爆誕した。
必死に爆笑を堪える刀剣男士達の中、
「ありがとう、三日月! これなら(顔が見えないから)大丈夫だ」
喜んでいたのは好文木だけで
「なんかいや………」
「んふんふ! んふんふ!(あれニセモノ! 仲間違う!)
肝心の暁月は、借りてきた猫の子のように警戒心ばりばりで、物陰から出てこなかった。
「あなやー」
せっかく娘の好きなものに「変装」したのに…としょげる愉快な天下五剣(ダンボールな●このすがた)と月の子が、マトモに顔を合わせられる日は……まだまだ遠そうである。
月影にわが身をかふるものならば つれなき人もあはれとや見む
・・・・・
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・・
(オマケ)
月影にわが身をかふるものならば つれなき人もあはれとや見む
出典:古今和歌集
作者:壬生忠岑
意訳:もし私のこの身を月の光に変えることができたら、つれないあの人も、風情ある月を眺めるように私のことを見てくれるでしょうか。
恋しい人に振り向いて欲しくて、いっそ月になれたならと思う片思いの歌ですが。三日月さんの場合は可愛い娘の興味を引きたくてムーンライトプリズムメイクアーップしちゃったみたいです。ただ、報われる日は……いつなんでしょうねぇ(;^^)ヘ..
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2022-08-11 12:00
Comments (8)
更新ありがとうございます!「お前は呼んでないっ」って爆笑しました。はっち毒されてる… 三日月さんの姿は愉快過ぎて好文木本丸の刀剣男士はそのうち鋼の腹筋を入手できるかも。
View Replies頑張ってください、三日月様!
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