怪獣姫エロワーズ8
毒々しいビリジアン色に染められた、次元断層。
そこには、自らを「ネコビト」と呼ぶ異形の獣人たちが佇み、人々を見下ろしていました。
その中央に立ったのが、凛々しい軍服に身を固めたエロワーズの兄、ジュストです。
エロワーズは、別れ装束のドレスのまま、ジュストの腕に支えられました。
ジュストは下へとよく通るテノールで言葉を垂れます。
ジュ「ご苦労だったな…オホーツク猫。妹は傷ついたものの、我らの回復力なら些細なものだ」
オ「申し訳ございまへん」
ジュ「おまえも大儀だった。逃亡者の捕縛、そして妹の保護、何より有難い」
オ「御意」
見れば拘束され、サルグツワをかまされた佐満がオホーツク猫の背後に引き据えられています。
これに驚いたのが、他ならぬ娘のサリナでした。
サ「ど、どういうことよ兄さん!あたしはまだこの人の、何を目的に動いたかも聞いていないのよ!」
ジュストは黙ったまま、冷たい瞳でサリナを見つめました。
サ「兄さん!」
オ「(口をはさむ)サリナはん、悪いが黙っとき。反逆罪は大罪じゃ」
サ「オホーツク!あんたにそんなコトを言われる筋合いは…」
オ「(ドスの利いた声で)誰が味方じゃゆーた」
サリナは、あまりの返事に絶句します。
ジュ「納得したか。…知らぬなら言おう。ゴキラ・アヌデーヒラ・シデ。お前らが怪獣と蔑む彼女は、猫の血が濃すぎる
人造猫人だ。彼女がお前ら、旧人類と交わることで最も強力なネコビトは誕生する」
サ「…!」
ジュ「すなわち、我ら兄妹だ」
サ「(口を押さえるように)嘘…!!」
ジュ「本当だ。サリナ、ただの異次元人に護衛など要るものか。なあ、獅子原?」
佐「…」
ジュ「未開の地で我らの実験フィールドを認め、映画に収めようとした奴を我らは拘束し、精液を採取した。
生まれたのが我々だ。ネコビトの王に純血など必要ない。強い力をもつ我らこそが…」
不意に、オホーツク猫がつぶやきました。「…やかましいやい」
ジュ「ああ?」
オ「やかましい言うとるんじゃボケえ!自分らの作った建国神話に酔うとるんはお前だけじゃ!アホンダラ!!」
ジュ「狂ったのか、貴様ァあッ!」
ジュストは人差し指をオホーツク猫に突きつけました。
一閃!
指から放たれた光は、オホーツク猫の右の頬を横切りました。
オホーツク猫のピンクの短躰は蒸発するように消え失せ、そこにはもうひとりの美少年が銃を手にし、立っていました。
その顔は、ジュストそのものでした。
オ「この時をずっと待った…俺の名を騙り好き放題やって…消え失せろ、ノヴァヤゼムリャ猫!!」
彼の放つ銃より放たれた光球は、ジュストを名乗っていた少年の頭に風穴を開けました。
少年の姿は肥満したミドリの猫に姿を変え、周りのガスを飲み込むようにして回転、粉砕されました。
オホーツク猫ことジュストが、サリナと観衆に一礼して消えると、現金なことに観衆から拍手が巻き起こりました。
そして、サリナの上着を羽織ったエロワーズがにっこりと微笑むのでした。
全てが終わったかのような、抜けるような青空。
サリナは、三々五々集って興奮気味の人々のなかを、ゆっくり歩いていました。
サ「あーあ、けっきょく何だったんだろ…」
あれから、彼女はまったく放り出された猫のような思いだったのです。
水島兄は、服役中だったところを謎の保釈金がどこかから支払われ、出所しました。
懲りもせず「新・特撮ジャーナル」を立ち上げて獅子原カントクの謎をあばく、なんて
特集を組んでますが、さっぱり売れないようです。
獅子原カントクは、怪奇映画への憧憬をすっかり無くしたようですが、相変わらず
日本人ウケしない前衛映画ばかり企画し、結局サリナの元へは戻ってきません。
重戦車さんは「悪徳女帝」とかいう女子プロレス映画の二番煎じのオファーが入りましたが、
「演技はできない」と丁重に断ったそうです。
ジュストはあの後、目的を果たしたとかでプッツリと姿を消しました。
たぶん、どこかの別の女の子にひっついて、またオホーツク猫を続けているのでしょう。
エロワーズは泣きの涙で暮らしているかと思いきや、最近は結構オトナになって
すっかり獅子原家の家事担当として頑張っています。みなみ監督も至福状態。
肉屋や八百屋で、買い物に来た彼女に見惚れて包丁で指を落としかける
主人がいるとかいないとか。
そうして…。
夕貴「ねえサリナちゃん。それでこの子を紹介したわけ?」
小料理屋「みれん通り」の女将の夕貴さんは、そんなふうにサリナにぼやくのでした。
サ「はい、人づきあいが悪くて思いつめるタイプの子って、こういうバイトのほうが気がまぎれるんじゃないかと…」
夕「助かるには助かるんだけど、ハンバーグとかオムレツとか、のん兵衛には合わない料理ばかり得意だと…」
奧では、水島弟が馴れた手つきでナポリタンを炒めていました。
サ「あはは、水島はママっ子らしくて…」
夕「うちもファミレスに改装しましょうかね…💦 失恋レストランとかいう店名にして」
サ「ところで…」
夕「あら、またその話?」
サ「なにも言ってませんよお」
夕「お母さんの話でしょ。お父さんは世界中に恋人がいるんだから、お子さんに話をきいたらどう?」
サ「長女には酷ですよ、そんな逃げ方。ああ、もう少し節操のある父親だったら…」
夕「うーん、全くよねえ…」
サ「…へっ!?」
夕「若い頃の話よ。あの人も昔はイケメンだったから、私だって店にきたらときめいたわよ」
サ「強引に奪いますけどね、あたしだったら」
夕「古風なオンナだったのよ、わたしは!」
サ「けらけらけら」
夕「もう!あんたを生んだ母親に会ってみたい!」
サリナは、「みれん通り」の名の店から、高笑いしながらテレビ局に出てゆきました。
女将の夕貴は、ため息をついてからふと、店の奧にある鏡に目をやりました。
夕「会ってみたい…か。こうやって毎日会ってるんだけどね…」
おしまい
そこには、自らを「ネコビト」と呼ぶ異形の獣人たちが佇み、人々を見下ろしていました。
その中央に立ったのが、凛々しい軍服に身を固めたエロワーズの兄、ジュストです。
エロワーズは、別れ装束のドレスのまま、ジュストの腕に支えられました。
ジュストは下へとよく通るテノールで言葉を垂れます。
ジュ「ご苦労だったな…オホーツク猫。妹は傷ついたものの、我らの回復力なら些細なものだ」
オ「申し訳ございまへん」
ジュ「おまえも大儀だった。逃亡者の捕縛、そして妹の保護、何より有難い」
オ「御意」
見れば拘束され、サルグツワをかまされた佐満がオホーツク猫の背後に引き据えられています。
これに驚いたのが、他ならぬ娘のサリナでした。
サ「ど、どういうことよ兄さん!あたしはまだこの人の、何を目的に動いたかも聞いていないのよ!」
ジュストは黙ったまま、冷たい瞳でサリナを見つめました。
サ「兄さん!」
オ「(口をはさむ)サリナはん、悪いが黙っとき。反逆罪は大罪じゃ」
サ「オホーツク!あんたにそんなコトを言われる筋合いは…」
オ「(ドスの利いた声で)誰が味方じゃゆーた」
サリナは、あまりの返事に絶句します。
ジュ「納得したか。…知らぬなら言おう。ゴキラ・アヌデーヒラ・シデ。お前らが怪獣と蔑む彼女は、猫の血が濃すぎる
人造猫人だ。彼女がお前ら、旧人類と交わることで最も強力なネコビトは誕生する」
サ「…!」
ジュ「すなわち、我ら兄妹だ」
サ「(口を押さえるように)嘘…!!」
ジュ「本当だ。サリナ、ただの異次元人に護衛など要るものか。なあ、獅子原?」
佐「…」
ジュ「未開の地で我らの実験フィールドを認め、映画に収めようとした奴を我らは拘束し、精液を採取した。
生まれたのが我々だ。ネコビトの王に純血など必要ない。強い力をもつ我らこそが…」
不意に、オホーツク猫がつぶやきました。「…やかましいやい」
ジュ「ああ?」
オ「やかましい言うとるんじゃボケえ!自分らの作った建国神話に酔うとるんはお前だけじゃ!アホンダラ!!」
ジュ「狂ったのか、貴様ァあッ!」
ジュストは人差し指をオホーツク猫に突きつけました。
一閃!
指から放たれた光は、オホーツク猫の右の頬を横切りました。
オホーツク猫のピンクの短躰は蒸発するように消え失せ、そこにはもうひとりの美少年が銃を手にし、立っていました。
その顔は、ジュストそのものでした。
オ「この時をずっと待った…俺の名を騙り好き放題やって…消え失せろ、ノヴァヤゼムリャ猫!!」
彼の放つ銃より放たれた光球は、ジュストを名乗っていた少年の頭に風穴を開けました。
少年の姿は肥満したミドリの猫に姿を変え、周りのガスを飲み込むようにして回転、粉砕されました。
オホーツク猫ことジュストが、サリナと観衆に一礼して消えると、現金なことに観衆から拍手が巻き起こりました。
そして、サリナの上着を羽織ったエロワーズがにっこりと微笑むのでした。
全てが終わったかのような、抜けるような青空。
サリナは、三々五々集って興奮気味の人々のなかを、ゆっくり歩いていました。
サ「あーあ、けっきょく何だったんだろ…」
あれから、彼女はまったく放り出された猫のような思いだったのです。
水島兄は、服役中だったところを謎の保釈金がどこかから支払われ、出所しました。
懲りもせず「新・特撮ジャーナル」を立ち上げて獅子原カントクの謎をあばく、なんて
特集を組んでますが、さっぱり売れないようです。
獅子原カントクは、怪奇映画への憧憬をすっかり無くしたようですが、相変わらず
日本人ウケしない前衛映画ばかり企画し、結局サリナの元へは戻ってきません。
重戦車さんは「悪徳女帝」とかいう女子プロレス映画の二番煎じのオファーが入りましたが、
「演技はできない」と丁重に断ったそうです。
ジュストはあの後、目的を果たしたとかでプッツリと姿を消しました。
たぶん、どこかの別の女の子にひっついて、またオホーツク猫を続けているのでしょう。
エロワーズは泣きの涙で暮らしているかと思いきや、最近は結構オトナになって
すっかり獅子原家の家事担当として頑張っています。みなみ監督も至福状態。
肉屋や八百屋で、買い物に来た彼女に見惚れて包丁で指を落としかける
主人がいるとかいないとか。
そうして…。
夕貴「ねえサリナちゃん。それでこの子を紹介したわけ?」
小料理屋「みれん通り」の女将の夕貴さんは、そんなふうにサリナにぼやくのでした。
サ「はい、人づきあいが悪くて思いつめるタイプの子って、こういうバイトのほうが気がまぎれるんじゃないかと…」
夕「助かるには助かるんだけど、ハンバーグとかオムレツとか、のん兵衛には合わない料理ばかり得意だと…」
奧では、水島弟が馴れた手つきでナポリタンを炒めていました。
サ「あはは、水島はママっ子らしくて…」
夕「うちもファミレスに改装しましょうかね…💦 失恋レストランとかいう店名にして」
サ「ところで…」
夕「あら、またその話?」
サ「なにも言ってませんよお」
夕「お母さんの話でしょ。お父さんは世界中に恋人がいるんだから、お子さんに話をきいたらどう?」
サ「長女には酷ですよ、そんな逃げ方。ああ、もう少し節操のある父親だったら…」
夕「うーん、全くよねえ…」
サ「…へっ!?」
夕「若い頃の話よ。あの人も昔はイケメンだったから、私だって店にきたらときめいたわよ」
サ「強引に奪いますけどね、あたしだったら」
夕「古風なオンナだったのよ、わたしは!」
サ「けらけらけら」
夕「もう!あんたを生んだ母親に会ってみたい!」
サリナは、「みれん通り」の名の店から、高笑いしながらテレビ局に出てゆきました。
女将の夕貴は、ため息をついてからふと、店の奧にある鏡に目をやりました。
夕「会ってみたい…か。こうやって毎日会ってるんだけどね…」
おしまい
30
42
275
2024-11-01 21:11
Comments (24)
にゃーにゃー! エロワーズちゃん物語が終わってしまったのね! ノヴァヤゼムリャ猫、、、のゔぁやぜむりゃねこ、、、Novaya Zemlyaということですか?
View Replies長編、お疲れ様でした
オホーツク猫の正体はジュストその人、つまりサリナちゃんの兄だった・・・のですか
エロワーズちゃんもサリナお姉ちゃんと一緒に暮らせることになり、何よりです
View Replies先ずは長編の大作お疲れ様でした。ほぼ大団円の様ですが「氏より育ち」と同じで血筋や家柄や身分より大事なものの方が多いんですね。こうして俯瞰してみるとやっぱり日常の平和はありがたいものです。
View Repliesブックマークさせていただきます。 キュートなイラストです♪ 上手く話が収まりましたね。 …と、云っても、まだまだ登場人物たちの 『その後』が描かれる事を期待する気持ちが 自分には有ります。 勝手に妄想、 オホーツク猫の声のイメージは 『関西弁も格好良いも似合う池田さん』です
View RepliesShow More