ホーリーメイデンズ怪 第参夜「怪しい転校生(4)」
・前のお話>illust/59637470
・次のお話>illust/59648345
・第参夜冒頭>illust/59525062
・小説版>https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3258363
冬雪は、その夜、なかなか眠れなかった。
「女に守られてるなんて、情けないやつ……かぁ」
布団に包まり、目を閉じると、帰宅路でのやり取りが瞼の裏に映し出される。
時計の針を刻む音が、耳元ではっきり聞こえる。カーテンの隙間からは、わずかに月の光が入り込んでいる。
冬雪は机の上に置いてある眼鏡をかけ、そっと外に出た。
夜の空には、銀色の星々が硝子を散りばめたように瞬いている。
月や星の柔らかい光に包まれながら、パジャマ姿の冬雪はゆっくりと夜道を歩く。
「今日は、星が綺麗だなぁ」
美しい夜空を見上げると、思わず口元が緩んでしまう。
そんな時、辻から急に現れる人影。
昼間の口裂け女の話を思い出し、思わず身を縮ませるが、それは白いパジャマ姿の秋綺だった。口元は相変わらず、大きなマスクで覆われている。
今の冬雪が、一番会いたくなかった人物。
「こんな時間に、なにしてんの?」
抑揚のない声で、秋綺は話しかけてくる。
その冷淡な態度に、冬雪はしどろもどろで答える。
「え、えっとね。星を見ていたんだ」
「星?」
「僕ね、昔からなにか悩みがあった時、外に出て星の光を浴びることにしてるんだ。そうするとね、なんか体が洗い流されるような気がするんだよ……」
「ふーん。男の癖にえらくロマンチストだな」
冬雪はムッとする。
また馬鹿にされた。大体秋綺は、男だの女だの、つまらないことにこだわりすぎなんじゃないか。
そう思っていると。
「でも、そうだよな。男とか女とか抜きで、いいものはいいよな」
「え?」
「俺も、星が見たくなったからさ。夏の夜空って、思わず見上げちゃうよな」
そう言った秋綺の瞳は、星灯りと同様に輝いていた。その肌は月の光を受け、白く透き通っているように見える。
なんだ。口は悪いけど、割といい子じゃないか。
ホッと胸を撫で下ろし、秋綺の横で、冬雪は空を見上げる。
「でも、卜部さん。自分のこと俺なんて呼ぶんだね。なんだか、男の子みた」
そこで冬雪は、異変に気づき、言葉を止める。
―― 綺麗な目?
―― なぜアレルギーが悪化した人間が、澄んだ目をしているんだ?
突如、昼間の噂話が想起される。
もし、秋綺がアレルギーでもないのにマスクをしているとすれば、その理由は、
―― クチサケオンナ、ダカラ?
「ん? どうしたんだ、碓氷?」
「いや……その」
秋綺から距離をとるように、一歩一歩と後ずさりする冬雪。
―― 逃げなきゃ。
―― 自分は術が使えないんだ。
―― ここでアヤカシとやりあって、勝てるはずはない。
その時。背中に柔らかい「なにか」がぶつかった。
振り向くと、そこには中学生くらいの少女が立っていた。髪型はロングヘアーで、花田中学校指定のセーラー服を着ている。
その口元は、
……秋綺と同じ、大きなマスクで覆われていた。
「こんなところで、子どもが夜のデートかい? 可愛いこったなぁ」
目を細め、不気味な笑みをくつくつと漏らす少女。その手には、いつの間にか鉈が握られていた。
「可愛いだろ、この体? 昨日襲った女の子の体だよ?」
少女はその場で、クルリと一回転する。スカートがふわりと、花弁のように広がった。
「俺ってさ、性転換手術に失敗した男の霊っていう設定の噂なんだよね。だからこうやって、女の子の肉体を借りて乗り移ってるんだ。昨日までは、確かOLだったなぁ……」
なおも笑う少女から、冬雪は一歩一歩離れる。額からは一筋の汗が滴り、頭の芯が恐怖のために痺れていく。
もしかしなくてもわかる。少女の正体は……。
「……でもなあ、ひとつ困ったことがあるんだよ」
話しながら、少女の左手は顔に伸びていく。
「俺が取り憑いた女はみんな……口が裂けちまうんだよおおおおおおお!!!」
一気にマスクを剥ぎ取る少女。
その口は、噂通り耳まで裂けている。
「こ、今度は、お前の体をもらうぞぉ……」
鮫のような歯の間から銀色の雫を滴らせ、秋綺に近づこうとする口裂け女。
その前に、冬雪は思わず立ちふさがった。
「じゃ、邪魔をするなよぉ、坊ちゃん……」
「う、卜部さんっ!! 今のうち、逃げるんだ!!」
足をガクガクと震わせ、冬雪は両手を広げる。
そんな冬雪の様子に、口裂け女は苛立ったように舌打ちすると。
「上等だぁ!! ま、まずはお前から始末してやらあ!!」
叫ぶや否や、ナイフを冬雪目掛けて垂直に振り下ろす。
―― やられるっ!?
冬雪は目をギュッとつぶる。
直後。
冬雪の予想に反し、頭上で金属同士がぶつかる音が聞こえた。
「へぇ、かっこいいじゃん。冬雪!」
冬雪は、うっすらと目を開ける。目の前には、口裂け女のナイフをオーヌサステッキで受け止める、赤き巫女が立っていた。
「な、夏月!?」
ホーリーフレアに変身した夏月は、そのまま紅のオーヌサステッキを横なぎに払う。
口裂け女は避けると同時に、空中で一回転。そのまま地面に着地した。
冬雪は呆気に取られる。
「ど、どうしてここに……?」
「玄武が教えてくれたの! 口裂け女がこっちにきてるってさ!」
「青龍と春花は、いくら起こしても起きなかったけどね。まったく、ねぼすけなんだから」
夏月の肩の上で、玄武はぶつくさ文句を垂れ流す。
「それより、早く逃げなよ! こいつは、あたしが片付けてあげるからさ!」
そう言って小さくウィンクする夏月。
冬雪は無言でうなずくと、秋綺の手を引き、夜道を走っていった。
・次のお話>illust/59648345
・第参夜冒頭>illust/59525062
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冬雪は、その夜、なかなか眠れなかった。
「女に守られてるなんて、情けないやつ……かぁ」
布団に包まり、目を閉じると、帰宅路でのやり取りが瞼の裏に映し出される。
時計の針を刻む音が、耳元ではっきり聞こえる。カーテンの隙間からは、わずかに月の光が入り込んでいる。
冬雪は机の上に置いてある眼鏡をかけ、そっと外に出た。
夜の空には、銀色の星々が硝子を散りばめたように瞬いている。
月や星の柔らかい光に包まれながら、パジャマ姿の冬雪はゆっくりと夜道を歩く。
「今日は、星が綺麗だなぁ」
美しい夜空を見上げると、思わず口元が緩んでしまう。
そんな時、辻から急に現れる人影。
昼間の口裂け女の話を思い出し、思わず身を縮ませるが、それは白いパジャマ姿の秋綺だった。口元は相変わらず、大きなマスクで覆われている。
今の冬雪が、一番会いたくなかった人物。
「こんな時間に、なにしてんの?」
抑揚のない声で、秋綺は話しかけてくる。
その冷淡な態度に、冬雪はしどろもどろで答える。
「え、えっとね。星を見ていたんだ」
「星?」
「僕ね、昔からなにか悩みがあった時、外に出て星の光を浴びることにしてるんだ。そうするとね、なんか体が洗い流されるような気がするんだよ……」
「ふーん。男の癖にえらくロマンチストだな」
冬雪はムッとする。
また馬鹿にされた。大体秋綺は、男だの女だの、つまらないことにこだわりすぎなんじゃないか。
そう思っていると。
「でも、そうだよな。男とか女とか抜きで、いいものはいいよな」
「え?」
「俺も、星が見たくなったからさ。夏の夜空って、思わず見上げちゃうよな」
そう言った秋綺の瞳は、星灯りと同様に輝いていた。その肌は月の光を受け、白く透き通っているように見える。
なんだ。口は悪いけど、割といい子じゃないか。
ホッと胸を撫で下ろし、秋綺の横で、冬雪は空を見上げる。
「でも、卜部さん。自分のこと俺なんて呼ぶんだね。なんだか、男の子みた」
そこで冬雪は、異変に気づき、言葉を止める。
―― 綺麗な目?
―― なぜアレルギーが悪化した人間が、澄んだ目をしているんだ?
突如、昼間の噂話が想起される。
もし、秋綺がアレルギーでもないのにマスクをしているとすれば、その理由は、
―― クチサケオンナ、ダカラ?
「ん? どうしたんだ、碓氷?」
「いや……その」
秋綺から距離をとるように、一歩一歩と後ずさりする冬雪。
―― 逃げなきゃ。
―― 自分は術が使えないんだ。
―― ここでアヤカシとやりあって、勝てるはずはない。
その時。背中に柔らかい「なにか」がぶつかった。
振り向くと、そこには中学生くらいの少女が立っていた。髪型はロングヘアーで、花田中学校指定のセーラー服を着ている。
その口元は、
……秋綺と同じ、大きなマスクで覆われていた。
「こんなところで、子どもが夜のデートかい? 可愛いこったなぁ」
目を細め、不気味な笑みをくつくつと漏らす少女。その手には、いつの間にか鉈が握られていた。
「可愛いだろ、この体? 昨日襲った女の子の体だよ?」
少女はその場で、クルリと一回転する。スカートがふわりと、花弁のように広がった。
「俺ってさ、性転換手術に失敗した男の霊っていう設定の噂なんだよね。だからこうやって、女の子の肉体を借りて乗り移ってるんだ。昨日までは、確かOLだったなぁ……」
なおも笑う少女から、冬雪は一歩一歩離れる。額からは一筋の汗が滴り、頭の芯が恐怖のために痺れていく。
もしかしなくてもわかる。少女の正体は……。
「……でもなあ、ひとつ困ったことがあるんだよ」
話しながら、少女の左手は顔に伸びていく。
「俺が取り憑いた女はみんな……口が裂けちまうんだよおおおおおおお!!!」
一気にマスクを剥ぎ取る少女。
その口は、噂通り耳まで裂けている。
「こ、今度は、お前の体をもらうぞぉ……」
鮫のような歯の間から銀色の雫を滴らせ、秋綺に近づこうとする口裂け女。
その前に、冬雪は思わず立ちふさがった。
「じゃ、邪魔をするなよぉ、坊ちゃん……」
「う、卜部さんっ!! 今のうち、逃げるんだ!!」
足をガクガクと震わせ、冬雪は両手を広げる。
そんな冬雪の様子に、口裂け女は苛立ったように舌打ちすると。
「上等だぁ!! ま、まずはお前から始末してやらあ!!」
叫ぶや否や、ナイフを冬雪目掛けて垂直に振り下ろす。
―― やられるっ!?
冬雪は目をギュッとつぶる。
直後。
冬雪の予想に反し、頭上で金属同士がぶつかる音が聞こえた。
「へぇ、かっこいいじゃん。冬雪!」
冬雪は、うっすらと目を開ける。目の前には、口裂け女のナイフをオーヌサステッキで受け止める、赤き巫女が立っていた。
「な、夏月!?」
ホーリーフレアに変身した夏月は、そのまま紅のオーヌサステッキを横なぎに払う。
口裂け女は避けると同時に、空中で一回転。そのまま地面に着地した。
冬雪は呆気に取られる。
「ど、どうしてここに……?」
「玄武が教えてくれたの! 口裂け女がこっちにきてるってさ!」
「青龍と春花は、いくら起こしても起きなかったけどね。まったく、ねぼすけなんだから」
夏月の肩の上で、玄武はぶつくさ文句を垂れ流す。
「それより、早く逃げなよ! こいつは、あたしが片付けてあげるからさ!」
そう言って小さくウィンクする夏月。
冬雪は無言でうなずくと、秋綺の手を引き、夜道を走っていった。
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2016-10-26 18:04
Comments (10)
既に何人か乗り捨ててるみたいですけど、その乗り捨てられた人はどうなったんだ(汗) しかしやばいシーンなのに「設定」って言われて思わず突っ込みが…(笑) 追伸、vsr-10さん経由で知ったので遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます
View Repliesこの口裂け女は人間の身体を乗っ取るタイプの妖怪なんですね。 でも、秋綺とは別の娘に口裂け女が取り憑いてるという事は…秋綺はいったい何者…?
View Repliesむ、秋綺の口調…これはもしかして、もしかするのか…!?
View Repliesうわっ、サバイバルナイフ二刀流って、こいつは隠れアーミーマニア? 多分コスを切り裂きそうな雰囲気ですね<マテ
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