カーチス SO3C シーミュ
1937年に米国海軍はカーチス SOC索敵機の後継機として、フロートと車輪を脱着交換自由な 単葉索敵機の設計提案を求めた。これは艦上機としても陸上機としても作戦行動ができることが条件 となっていたからである。この要求に応えてカーチス社とヴォート社が設計提案をおこなった。
競争試作された原型機ではヴォート社のXSO2Uは無事飛行したが、カーチス社のXSO3Cは 深刻な安定性の問題やエンジンの不調に悩まされた。しかし1939年に生産命令を受けたのはカー チス機であった。
安定性能を向上させるのに翼端を上に折り曲げるのと尾翼面積を増やすことで対応したため、カー チス社が設計した機体の中で最も醜悪な飛行機と呼ばれるようになったSO3C-1シーガル(カモ メの意)が300機生産された後は空母艦載用機構と爆弾フックを装備したSO3C-2シーミュー (これもカモメの意)に生産対象は切り替わった。このSO3C-2は武器供与法により英国海軍に も供給されたが、英国海軍は実戦使用せずに機上射手や無線士の練習用機体として使用した。
当機の性能(主にエンジン関係の不調が起因する)に不満足だった米国海軍は太平洋戦争中に第一 線から引き上げ、SO3C-1Kの名称で無線操縦標的機に改造された。最終生産型のSO3C-3 は少数機が生産されたのみで1944年1月に当機の生産は全て終了した。
競争試作された原型機ではヴォート社のXSO2Uは無事飛行したが、カーチス社のXSO3Cは 深刻な安定性の問題やエンジンの不調に悩まされた。しかし1939年に生産命令を受けたのはカー チス機であった。
安定性能を向上させるのに翼端を上に折り曲げるのと尾翼面積を増やすことで対応したため、カー チス社が設計した機体の中で最も醜悪な飛行機と呼ばれるようになったSO3C-1シーガル(カモ メの意)が300機生産された後は空母艦載用機構と爆弾フックを装備したSO3C-2シーミュー (これもカモメの意)に生産対象は切り替わった。このSO3C-2は武器供与法により英国海軍に も供給されたが、英国海軍は実戦使用せずに機上射手や無線士の練習用機体として使用した。
当機の性能(主にエンジン関係の不調が起因する)に不満足だった米国海軍は太平洋戦争中に第一 線から引き上げ、SO3C-1Kの名称で無線操縦標的機に改造された。最終生産型のSO3C-3 は少数機が生産されたのみで1944年1月に当機の生産は全て終了した。
0
0
532
2020-09-14 11:49
Comments (0)
No comments